ビリー・アイリッシュが語る「悪夢」と「希望」、トラウマと葛藤、過去の自分との決別

ビリー・アイリッシュ(Photo by Yana Yatsuk for Rolling Stone)

米ローリングストーン誌の表紙を再び飾ったビリー・アイリッシュ。待望のニューアルバム『Happier Than Ever』リリースに至るまでの葛藤と紆余曲折を語った、最新ロングインタビューを前後編で掲載する。ここでは前編をお届け。新しい傑作を完成させたポップ界のスーパースター。しかしその過程で、彼女は暗闇をくぐり抜けなくてはならなかった。

【画像を見る】ビリー・アイリッシュ ローリングストーン撮り下ろし(全7点)




ビリーとフィネアスの新しい生活

その家の外観は、同じ区画にある他の家とさほど変わらない。ロサンゼルスのハイランドパーク周辺にある、こじんまりとした平屋のエントランス付近では、古い大きなライラックの木が花を咲かせている。だがこの家には、ある有名なエピソードがある。才能に満ちたティーンエイジャーとその兄がこの家で作り上げたアルバムは、ビリー・アイリッシュ・パイレート・ベアード・オコンネルをZ世代のポップアイコンの座へと押し上げた。

この場所のことはビリーのファンの間では広く知られているが、4月のよく晴れた日に一瞥した限りでは、彼女の成功によって一躍有名になってから数年が経過した現在でも、当時と大きくは変わっていないように思える。オコンネル家の裏庭をとぼとぼと歩いている保護犬のPepperのそばには、ビリーが保護した1歳のグレーのピットブルSharkがいる。壁に取り付けられた旧式の鉛筆削りや、勉強机の上に散らばっている古い教材など、家のあちこちにはホームスクーリングをしていた頃の形跡が見られる。

だがよく見ると、いろんなことが変わっていることに気づく。まず第一に、ビリーの兄であるフィネアスが子供の頃使っていた寝室に作られていた、コンテンポラリーポップの世界で最も有名なホームスタジオからは、機材がすべて撤去されている。その部屋は現在、2人の母親であるマギー・ベアードが使用している。「部屋自体はそんなに変わってない。ただ機材がなくなっただけ」。そう話すビリーはキッチンで、クッキーを焼くための材料と道具を集めている。新たにブルーのラグを敷いたその部屋で、彼女の母親は飼い猫のMishaと一緒に寝ているという。「しばらくはそのままにしてあったんだけど、『もういらないや』ってなったの」。ビリーはそう話す。

フィネアスは数年前に実家を出ており、現在はインフルエンサーであるガールフレンドのクラウディア・スレウスキと一緒にロス・フェリズで暮らしている。彼とビリーは去年、その家の地下に作ったスタジオで曲を作り始めた。最初は慎重になっていたものの、ビリーも実家を出たことを認めた。「プライベートなことは秘密にしておきたい」。連休の週末に両親の元を訪ねた大学生のように、彼女はキッチンのキャビネットを探り回っている。「数年前にこの家を出て、今は他の場所でひっそりと暮らしてる。そういうのって、誰も知る必要のないことだから」


ビリー・アイリッシュ 2021年4月13日、ロサンゼルスで撮影
Photograph by Yana Yatsuk for Rolling Stone. Fashion director: Alex Badia. Market editor: Emily Mercer. Hair by Benjamin Mohapi for the Benjamin Salon. Makeup by Robert Rumsey with A-Frame Agency. Styling by Dena Neustadter Giannini. Shirt by Burberry. Opening Image: Cardigan by Helmut Lang. Slip Dress by Gucci (Custom).

ビリーは最近の暮らしについて、何も明かしていないわけではない。彼女は今でも、子供の頃から慣れ親しんだベッドルームで頻繁に眠っている。「パパとママのことが大好きだから、2人のそばにいたい」。彼女はそう言って肩をすくめる。マギーと夫のパトリック・オコンネルはキッチンを行ったり来たりしながら、クッキーの焼き方についてあれこれとアドバイスしつつ、古いオーブンの使い方を彼女に教えている。ビリーのブロンドヘアのルックは今でも新鮮だ。根元だけをグリーンに染めた黒髪というアイコニックなスタイルから180度転換し、3月にInstagramで公開したそのルックは波紋を呼んだ。シャワーを浴びたばかりで湿った髪を無造作におろしている彼女は、自身のストアで販売している黒のオリジナルTシャツに、同系色のスウェットとパンツというラフな服装に身を包んでいる。今日のメニューはというと、ヴィーガンOKのグルテンフリーのピーナッツバターとチョコチップのクッキーだ。彼女が見ているレシピブックはあちこちに食べ物のシミがついており、年季が入っていることが一目でわかる。以前のビリーは、悲しくなるといつもクッキーを焼いていたという。「セラピーみたいなものだった」。彼女はそう話す。

彼女が最後にクッキーを焼いたのは随分前だ(彼女はいたずらっぽく「歴史的瞬間を目撃してるかもね」と言った)。だが彼女は、悲しみを癒す別の方法も見つけ出した。それは7月30日にリリースされる2ndアルバム『Happier Than Ever』の制作過程そのものだった。そのタイトルはフィクションではなく、彼女は実際にかつてなく幸せを感じていたという。しかし、彼女の人生における多くのことと同様に、それは世間が思うほどシンプルではない。

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE