ジョン・メイヤーがTOTOに大接近? 「現代三大ギタリスト」の80s路線に迫る

AORとヨットロック

こうした『Sob Rock』のプロダクションは、本国メディアでは「メイヤー版ヨットロック」と評されている。ここ数年、日本でも囁かれている「ヨットロック」という言葉について、どんな音楽を指しているのかわからない音楽ファンも多いだろうから、この場を借りて説明しておきたい。ヨットロックとは簡単に言ってしまえば70年代後半から80年代前半にかけてアメリカで生み出された、R&Bやジャズ〜フュージョンの要素を取り入れた大人のためのロックのことだ。要するにAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)のことなのだが、AORは言葉も定義も日本産。本国ではアダルト・コンテンポラリーやソフトロックと呼ばれ、その他の「ハードロックではないポップロック」と区別なく扱われていた。

そんな状況を変えたのが、2005年にお笑い専門ネットテレビ局「チャンネル101」でスタートした『ヨット・ロック』と題された短編コメディ番組だった。ディープな音楽オタクのJ. D. ライズナーらがクリエイターを務めたこの番組は、日本で言うAORをヨットが似合う爽やかな音楽であることから「ヨット・ロック」と勝手に命名して、名曲誕生秘話を再現ドラマ方式で語るユニークなものだった。これがYouTubeで拡散されて人気を呼び、アメリカで言葉と定義が普及していったのだ。




番組でヨットロッカーとして扱われたのは、ドゥービー・ブラザーズの大ヒット曲「ある愚か者の場合」を共作したマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンズのコンビをはじめ、スティーリー・ダン、クリストファー・クロス、そして彼らをバックで支えたセッション・ミュージシャン集団TOTOといった面々である。この「ヨットロック」史観がミュージシャン側にフィードバックされた成果が、サンダーキャットがマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスをゲストに招いた『ドランク』であり、前述の「アフリカ」のカバーを収めたウィーザー の2019年作『ウィーザー(ティール・アルバム)』だったわけだ。しかしサンダーキャットやウィーザーに比べると、ジョン・メイヤーは遥かにメジャーなアーティストである。『Sob Rock』のサウンドはヨットロックをそのまま取り入れたものではない。



『Sob Rock』のサウンドはAORというより、もっとメインストリーム寄りのロッカーが80年代にリリースしたアルバムに近い。喩えてみるなら、70年代に埃っぽいルーツロックをやっていたアーティストが、MTV時代に対応するためにバックバンドを解散して、ロサンゼルスでTOTOのメンバーを雇って製作したロック・アルバム。TOTOと縁が深いキーボーディストのグレッグ・フィルゲインズやパーカッション奏者レニー・カストロが参加していることが、そんな印象を更に強めている。



個人的に本作を聴いて真っ先に思い出したのは、エリック・クラプトンがフィル・コリンズにプロデュースを委ねて製作した『ビハインド・ザ・サン』(1985年)と『オーガスト』(1986年)の二枚のアルバムだった。両作ともフィルゲインズがキーボードで参加しており、特に『オーガスト』ではマイケル・ジャクソン『スリラー』(フィルゲインズがセッションに参加していた)で取り上げるはずだったYMO「ビハインド・ザ・マスク」の存在をクラプトンに教えてカバーさせるなど、重要な役割を果たしている。

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