映画『ブラック・ウィドウ』映画評 スカーレット・ヨハンソン遂にMCUで輝く

マーベル作品『ブラック・ウィドウ』のブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフ(スカーレット・ヨハンソン)とタスクマスター(Photo by Jay Maidment/© Marvel Studios 2021)

フローレンス・ピューとヨハンソンが敵から味方へと変化する関係性の振り幅がこの作品の満足度を支えているといっても過言ではない。

ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフは2010年からMCU(マーベル・シネマ・ユニバース)の常連で、記憶に残るキャラクターではあってもスターとは言えなかった。ロマノフがスクリーンに初登場したのが『アイアンマン2』での脇役として。このときもスカーレット・ヨハンソンがこのキャラクターを演じ、それ以前もアントマンが独自のキャラクターとしてブラック・ウィドウ的立ち位置で登場していた。これは文句ではない。マーベル作品にはハズレがないし、気分転換にもってこいだし、世界を破壊する衝突満載だし、呆れるほどのナンセンスも少ない。

しかし、ヨハンソンが演じるとなるとその程度では収まらない。ときとしてブラック・ウィドウというキャラクター自体が身の丈に合わない派手さを備えたサイドストーリーのように思えても、ヨハンソンというスターが演じることでその魅力が増し、要所要所に感動ポイントが散りばめられることになる。例えば、過去に体験したトラウマを認める場面。彼女が幼少期に極秘プログラムを受けてブラック・ウィドウになること、ハルクなどの人々への痛々しい哀悼など、ファンがキャラクターへ感情移入できる場面が登場する。これはフランチャイズ作品ではしばしば見過ごされる要素である。ブラック・ウィドウは訓練を受けた接近戦が得意なロシア人暗殺者だ。アントマンのように縮むこともできず、ハルクのように巨大化するのも無理だ。ましてや、トニー・スタークのように大富豪の超天才でもないし、スパイダーマン、スカーレット・ウィッチ、キャプテン・アメリカなどのように肉体が変化する見世物小屋系モンスターでもない。彼女はスパイなのだ。それも忌まわしい過去を持っている。

その忌まわしい過去とは……。最新作の『ブラック・ウィドウ』の監督ケイト・ショートランドは、すでに我々が知っているナターシャ・ロマノフというキャラクターの断片を複雑に組み合わせ、2時間という尺の長さも気にならないストーリーを紡いでる。始まりは1995年のオハイオ。子どものナターシャは家族と一緒に暮らしている。詳細は映画で観てもらうとして、とにかく、彼女の子ども時代は暗殺者育成プログラムの一環であり、一緒に暮らす父母のアレクセイ(デヴィッド・ハーバー)とメリーナ(レイチェル・ワイズ)は偽の両親だし、一緒に暮らす妹ももちろん偽者だ。そう、スパイ作品のお約束の設定。つまり、逃亡中の家族、偽の家族、中西部出身のアメリカ人家族という体で、ある目的を持ったロシア人たちという設定なのだ。

そして現在へと一気に時が進むのだが、MCU作品では『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』以降に恒例となった手法「薬品による服従」が登場して、時間が現在へと移動する。このブラック・ウィドウ・プログラムの詳細と首謀者であるドレイコフ将軍(レイ・ウィンストン)、ミステリアスなタスクマスター、他の登場キャラクターが霞むほど魅力的なエレーナ(フローレンス・ピュー)がここで登場する。この作品は少し奇妙だ。一見すると、最高のアクション、勢いのある脚本、タイミングよく挟み込まれる楽しさが際立つのだが、そういう要素はわかり易すぎて、本来の物語のガス抜き程度の効果しかなく、ストーリーに深みを与えるに至っていない。つまり、この映画の本質は巨大勢力の要求に屈するブラック・ウィドウの物語である。

Translated by Miki Nakayama

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