死の恐怖を乗り越えて学んだこと ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームが激白

ハイエイタス・カイヨーテ(Photo by Tré Koch)

ハイエイタス・カイヨーテの最新アルバム『Mood Valiant』は、ネイ・パームが乳がんを克服して生み出した作品である。ぺリン・モスは先のインタビューで、「彼女も辛い経験をして、人生観が変わったんだと思う」と語っていた。6年間に及んだアルバム制作は、彼女に何をもたらしたのか? 音楽の申し子を最大のピンチから救ったのは音楽だった。

ハイエイタス・カイヨーテは2013年、突如シーンに現れた。歌もギターもファッションもすべてが強烈で、カリスマ性にあふれるフロントマンのナオミ “ネイ・パーム” ザールフェルトを中心に結成されたこのグループは、その並外れた演奏能力や奇想天外な作編曲であっという間に注目を集める存在になり、2013年のデビュー作『Tawk Tomahawk』はいきなりグラミー賞にノミネートされた。2015年の2作目『Choose Your Weapon』でのレベルアップしたサウンドは日本でも大いに評判となり、アンダーソン・パーク、ビヨンセ&ジェイ・Z、チャンス・ザ・ラッパー、ドレイクといった名だたる大物たちが楽曲をサンプリングしたことで、4人の知名度は飛躍的に高まった。

しかし、2018年にネイ・パームが乳がんを患っており治療に専念すると発表。バンドは数年間の活動休止を余儀なくされたが、彼女の手術が成功したことで、回復を待って曲作りを再開。かくして6年ぶりのニューアルバム『Mood Valiant』をここに完成させた。

コロナ禍の長い自粛期間を利用し、バンド的な要素が強かったこれまでの作風に加え、個々のプロデューサーとしての能力を全力で発揮させたサウンドは、まさしくハイエイタスの新境地だ。そしてここではネイ・パームの強い希望で行われた、ブラジル録音の成果が重要な役割を果たしている。その目玉は同国の伝説的な作曲家兼アレンジャー、アルトゥール・ヴェロカイとのコラボレーションだろう。彼が1972年に発表した『Arthur Verocai』はカルトクラシックとして知られ、サンダーキャットやフライング・ロータスなど数多くのミュージシャンが影響源に挙げている。そんなヴェロカイが手掛けたホーン&ストリングスのアレンジを「Get Sun」など3曲で取り入れ、『Mood Valiant』をさらに強力なものにした。さらに、ブラジルでは原住民のヴァリナワ族の文化にも触れ、その影響もアルバムに盛り込まれている。本作はハイエイタスの最高到達点を再び更新したと断言しよう。しかも、新たな所属先はフライング・ロータス主宰のブレインフィーダーだ。

ネイ・パームが取材中、「このアルバムを作り終えた時、『私はやったんだ、生き残ったんだ』っていう感慨があった」と話していたときの表情が忘れられない。「勇敢(variant) なムード」というタイトル通り、がんを克服してみせた彼女のタフな人生観は、私たちにも大きなヒントを与えてくれるはずだ。



ヒップホップカルチャーと
偉大なる先人へのリスペクト

ー2016年の来日公演で、すでに「Chivalry Is Not Dead」など新曲を披露していましたよね。『Mood Valiant』に収められた曲はいつ頃に作られたんでしょうか?

ネイ:いくつかは結構前からあった曲だね。たとえば「Get Sun」はバンドの男性陣と会う前(結成は2011年)に書いたかなり古いもの。それをみんなに聴かせたら「ぜひこの曲を完成させよう」ということになった。どの曲にも特有の世界観があるけど、「Get Sun」はかなり重要な曲だと思う。アレンジにアルトゥール・ヴェロカイを迎えて作ったことも含めてね。収録曲の大半は(地元である)オーストラリアのスタジオで録ったけど、アルトゥールのアレンジはブラジルまで行って録音したもの。その時にリオで録ったのが「Red Room」と「Stone Or Lavender」。もともとはアルバムに入れるつもりじゃなかったんだけど、ブラジルに向かう機内とスタジオで書いてみたら……まあ、それはスタジオの時間が余分に取ってあったからで、とにかく当初の予定にない2曲を作ることができた。

もう一つ、「Get Sun」がアルバムを形作るうえで重要なのは、リオに滞在したあとにアマゾンに行って、ヴァリナワ族と一緒に過ごすきっかけになったから。そこで女性の歌声だったり、カエルや鳥の鳴き声だったり、とても美しい声のメモを録って、そういったたくさんのフレイバーや色彩が、アルバムをひとつにまとめる役割を果たしている。さらに、アルバムのオープニング(「Flight Of The Tiger Lily」)にも「Get Sun」の一節を使っているし、アルトゥールは「Stone Or Lavender」のアレンジもやっていて、それがアルバムを締め括るものとして機能している。そういう意味では、「Get Sun」はただの1曲ではなく、この曲(を作ろうと思ったことで実現した様々な体験)の影響がアルバム全般に及んでいるわけ。

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アルトゥール・ヴェロカイ(写真左上)とハイエイタス・カイヨーテの面々

ーなぜ、アルトゥールにオファーしたのでしょうか?

ネイ:私たち全員が大ファンだから。彼は本当に素晴らしい作曲家で、いつか一緒に共演してみたい夢リストにずっと入ってたし、自分たちのヒーローと一緒に作れたら、美しい形でアルバムを締め括れるんじゃないかと思った。今回の制作における「壮大な旅の終わり」って感じでね。実際に彼が引き受けてくれたのは超ラッキーだった。

彼が素晴らしい作曲家であるということ以外に、一緒に仕事をするうえで重要だったポイントがある。アルトゥールは(1972年に)セルフタイトルのアルバムを出した時、商業的にはあまり成功することができず、インタビューでも長年そのことを恥じていたと語っていた。それからCMのジングルを作る仕事を10年くらいやったあと、ヒップホップのアーティストたちが彼の音楽をサンプリングしたことで、埋もれていた彼の音楽が初めて再浮上した。そんなふうに遅れてカルトな人気を得てきた経緯がある。



アルトゥール・ヴェロカイ「Na Boca Do Sol」をサンプリングした、MFドゥーム「Orris Root Powder」。ヴェロカイはバッドバッドノットグッドが10月8日にリリースする最新アルバム『Talk Memory』にも参加。


ハイエイタス・カイヨーテ「Building a Ladder」をサンプリングした、ドレイク「Free Smoke」

ーそうですよね。

ネイ:それってすごく美しいストーリーだと思う。ヒップホップカルチャーが彼に自己愛と自尊心を取り戻させたんだから。そういう意味では、私たちも(リスペクトを示すために)彼の音楽をサンプリングするやり方もあったと思う。その一方で、私たちハイエイタスにも、多くのアーティストにサンプリングされてきた美しいストーリーがある。そこで今回はサンプリングするのではなく、実際にアレンジをお願いすることで、彼の音楽を祝福するのがいいんじゃないかと考えた。そうすることで、多くのアーティストを繋げてきたサンプリングカルチャーのグローバルな会話に、私たちも加わることができると思ったから。ヒップホップを単なるジャンルだと思ってる人も多いけど、実際はヒップホップの中にかなりいろんなものが集められている。それは私たちがアーティストとして表現したいことでもある。サンプリングカルチャーの恩恵を受けると同時に、偉大な先人を称えて、自分たちよりも若い世代のファンたちにアルトゥールを紹介したいという思いもあった。

Translated by Akiko Nakamura

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