拘置所で自殺したエプスタイン、「イスラエルのスパイ」説が浮上

左から、故ジェフリー・エプスタインとギレーヌ・マックスウェル。1995年6月14日、ニューヨークシティで行われたバットマンフォーエヴァー/Rマクドナルドのイベントにて。(Photo by Patrick McMullan/Getty Images)



エプスタインの「秘密」

実際に私も、エプスタインが確かに検察に寝返ってホッフェンバーグを売ったことを突き止めた。彼は検察に少なくとも3度供述を行った。もし事件が裁判沙汰になっていたら、ホッフェンバーグよりもエプスタインにはるかに不利な結果になっていたかもしれなかった、とある情報筋は語っている。

ホッフェンバーグはエプスタインが隠しておきたがった秘密も知っていたそうだ。エプスタインが諜報活動員に転向したというのだ。

ホッフェンバーグとエプスタインの関係は、ヴァニティ・フェア誌のインタビュー当時、富裕層限定の資産管理のプロを自称していたエプスタインが私に語って聞かせた話とはまるで違っていた。

私が慎重にホッフェンバーグの話題を持ち出し、2人が関係していることを裏付ける証拠があると言うと、エプスタインは態度を変えた。

彼は、ホッフェンバーグのことはほとんど知らない、いくつかの案件で顧問を務めただけで、ホッフェンバーグの起訴には一切関わっていない、と言い張った。もし私が少しでも違う内容のことを書けば痛い目にあうぞ、とも言った。実際の発言はこうだ。

「もし少しでも不正をにおわせる記述があれば、個人的に君を訴えてやる。私は本気だ、肝に銘じたほうがいい。私はその気になれば、手荒い真似もできるんだ……雑誌社でなく、君に対してだ。私を怒らせたのは君だからだ。こうなったのも君のせいだ……キャリアを棒に振らないほうがいいぞ」

エプスタインがホッフェンバーグに関して「神経を尖らせた」のと同じくらい、彼は「女の子たち」にも神経を尖らせた。

私がいずれかの話題を持ち出すと、彼は逆上した。

今になって思えば、ホッフェンバーグは「女の子たち」と同じぐらい大きな問題だったのでは、と思わずにはいられない。ホッフェンバーグから聞いた話では、エプスタインは1980年代に不名誉な理由でBear Sternsを退職した後、オフショア取引で腕を磨いた。エプスタインの師匠はホッフェンバーグもよく知る人物、2011年に他界したイギリスの防衛請負業者ダグラス・リーズ氏だ。

ホッフェンバーグはリーズ氏が武器密輸商だったと主張している(リーズ氏の息子ジュリアン・リーズ氏はこれを否定している)。だがイギリス議会の記録には、1980年代初期のヤルアママ武器密輸取引に関連してリーズ氏の名前が挙がっている。

Translated by Akiko Kato

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