エマ・ジーン・サックレイ、UKジャズの個性派が語る「変人たち」に魅了された半生

 
『Yellow』制作背景と70年代の音楽へのシンパシー

―では、ここからは新作『Yellow』について聞かせてください。まず作品のコンセプトは?

エマ・ジーン:私は、瞑想の時間に『Yellow』を使ってる。このアルバムにはポジティブなパワーや感謝の思いが込められているし、私が日々の中で大切にしていることでもある。その2つがないと、私たちの思考は暗い方に引き込まれて、世の中の素晴らしいものに目が向かなくなってしまう。感謝の気持ちを持っていれば、悲しくて暗い状況から抜け出すことができるから。『Yellow』というタイトルは文字通り色の「黄色」から来ていて、私が常に意識しているマインドセットと繋がっている。私は幼い時に父から道教の教えを受けたことがあって、物事のバランスについては常に意識している。私の言う道教は西洋の観点を通した道教の教えだから、多少希釈されているかもしれないけどね。それでも、人生や宇宙や、自分が置かれている状況の中での物事のバランスについてはいつも考えてる。難しいことや大変なことが起こった時には、じゃあ、この状況の中でもプラスのことはなんだろうって考える。「ここから何を学ぶことができる?」ってね。何事も学びだし、全てのことに感謝しているから。逆に良いことが起こった時には、その状況の中で、自分が何をしたらつまづいてしまうか、ネガティブなことが起きてしまうかを考える。私はそうした考え方を音楽に落し込む術を考えている。

黄色は太陽の色だから、『Yellow』ってタイトルは、できる限りありのままで、ホリスティック(包括的、全人的と訳されることが多い。医療用語として使われることが多く、西洋医学と東洋医学、メンタルヘルスを含めた全体を視野にいれた治療のことを表わす)で、自然発生的な形で音楽に向き合おうとした思いを表している。だから楽器は全部アナログのものを使って、生の演奏を捉えようとしている。全ての楽器を自分で演奏して。重ねているものでも敢えてバンドのように作って、バンドの音楽を聴いているような感覚になってもらえるようにプロデュースしている。あたかもここにキーボーディストがいて、あっちにはドラマーがいるように聴こえる感じでね。柔らかいソファに座って、ヘッドフォンをして、目を閉じてこのアルバムを聴くと、オーケストラの音楽に包まれているような気分になってもらえたらと思ってる。

制作中は自然発生的に物事を進めるように意識して、太陽のことを考えて、私たちを作った大地について考えていたし、実際に「Yellow」って曲では野菜を食べることについて歌ってる。ヴィーガンの私にとって野菜はとても大切な存在だから。本物の人生経験を持った本物の人間として、過剰にデジタルなものやフェイクなものから離れてこのアルバムを作ったってこと。自然な形で幸せに、シンプルになることを大切にしながらね。



―先ほども話していたように、『Yellow』は様々な演奏がかなり大胆に編集されていると思います。にもかかわらず、ほぼバンドの生演奏にも聴こえます。一方で編集を経てないと不可能な箇所もたくさんあるのもわかります。あなたにとってエディットすること、ミックスすることは演奏や作曲と同等かそれ以上の比重があると思うのですが、どうですか?

エマ・ジーン:エディットやミックスが大切というのは、本当にその通り。スタジオ技術やコンピューター、それからサンプラーやその他全ては私にとっては楽器だから。ドラマーと一緒にレコーディングしていた時、(その曲にとってふさわしい)グルーヴは頭の中にあったんだけど、一旦彼に思うまま演奏してもらった。その中から一部を引き抜いてループしているんだけど、できる限り自然に聴こえるようにしたかったから、フィルインの部分を変えたり、演奏を入れ替えたり、実はすごく細かく精密にエディットして、まるで自然に演奏しているかのように聞こえると思う。それと同じことをベースにも、ギターにも、キーボードにも応用してる。



―他にはどんなことをしてますか?

エマ・ジーン:「Golden Green」の最初の部分はドラムとキーボードを一緒にレコーディングしたんだけど、スタジオでは2人の横で私が小さな声で歌っているから、曲の構成は2人とも知っている状態。私の歌に合わせて2人にその場で演奏をしてもらった音源を持ち帰って、私が自分で演奏したベースとギターを重ねたりしている。

「Mercury」では私はトランペットを担当していて、チューバもいたし、ドラムもいて、一曲通してみんなで演奏している。ストリングスの部分は私が指揮をしたもので、メンバーたちは即興で演奏している。そのストリングスの即興演奏を他の楽器のレコーディングに合うように私が家に持ち帰って、エディットして調整している。

曲ごとに制作の仕方は違っているけど、共通していたのはスタジオでの演奏が一番重要なプロセスだってこと。一曲を最初から最後まで、全員と演奏するっていうのが理想だけど、それは相当お金持ちじゃないとできないから(笑)。バンドメンバー全員が入れるスタジオだとかなり大きい場所になっちゃうから予算がかかる。今回は曲に合わせてスタジオを変えてたんだけど、自宅のスタジオを含めて、全て小さなスタジオばかり。ここ(自宅スタジオ)に20人を入れるのをイメージしたら、無理だって分かるでしょ? だから、自分が費用を賄える状況の中で最大限クリエイティブになろうと頑張って、目の前の問題をひとつひとつ解決していこうと心がけてた。

私はいつも頭の中でアイデアを考えるんだけど、普段からひとつの曲が頭の中に流れることがよくある。全ての音や形がはっきり分かる状態じゃないこともあるけど。そして、その頭の中で流れている曲に対して音を当てはめていくのが私の作曲。頭に浮かんだアイデアや理想の形をスタート地点に、なるべくお金をかけない方法でひとつの曲に仕上げていく。自分ひとりでバンドのふりをして、全ての楽器を演奏しないといけない状況になることがあるのは経済的な状況が理由。私が楽器を手に取って演奏すれば、自分にはギャラを払わなくてもいい(笑)。私にとって最も大事なことは、自分の頭の中のヴィジョンをなんとかして具現化することだから。

―なるほど、あなたの音楽はインディペンデントでDIYだと。ところで、あなたの音楽にとってミックスの作業はサウンドを調整するだけでなく、ダブのエンジニアのように作曲や編曲、演奏などと同等の創作のような行為だと思います。そこが『Yellow』をオリジナルな音楽にしている理由のひとつでもあります。ミックスについても話を聞かせてもらえますか?

エマ・ジーン:私にとって、ミックスはプロダクションの一部。だから、私が誰かの曲をミックスするとしたら、より良い曲になるということではなくて、私らしい曲になるということを意味している。私のサウンドへのアプローチは頭の中のヴィジョンを具現化することで、リアルな音楽を作るということ。私の頭の中を表現できるのは私しかいないから、私がやるしかないってわけ。

私の作業の仕方は「間違っている」ことが多いから、もしかしたら別のミキシングエンジニアが同じ曲をミックスしたとすると、逆のやり方をするかもしれない(笑)。例えば私は、ドラム・パートをミックスダウンした後にそれを微妙に圧縮して、コンピューター上でそれをプレイし直してドラムのトラックとして使う、みたいなことをしたりする。サンプリング・レートをいじっているということは、故意に音のクオリティを下げているわけだから、間違ってると言われるかもしれない。しかも、そのドラムを綺麗にレコーディングされたストリングスの上に重ねたりもする。でも、それによって私は新しい環境を作ろうとしている。別々の性質を持ったサウンドを合体させることで、他の人とは違う、ユニークなサウンドを作ろうとしているから。



―『Yellow』は70年代のジャズファンクやレアグルーヴ、スピリチュアルジャズ、ダンスクラシックスなどにインスパイアされているように聴こえました。あなたはDJでもありますよね。制作中によく聴いていたレコードがあったら教えてください。

エマ・ジーン:今言ってくれたことは、まさに私が目指していたこと! さっき話した私のミキシングへのアプローチの背景には、70年代のサウンドを目指したいという意図があったから。実は低音域や高音域の周波数をかなり取り除いているし、MIDIっぽいサウンドの部分は昔の、木製のハイファイ・オーディオから聴こえるようなサウンドにしている。それは70年代のサウンドとも捉えられるような、タイムレスなサウンドを作り出したかったから。最近の音楽は、ものによってはパワフルすぎると思う。個人的にはそういうものよりも、温かみがあって、ちょっとの古さといい意味での軽さがある音楽、例えばロイ・エアーズやジョージ・デューク、それからさっき話した『Pet Sounds』みたいな音楽が聴きたいと思う。アリス・コルトレーンは、晩年にレーベルを離れたあとにスピリチュアルな音楽を作り始めたんだけど、彼女がオルガンを弾くのに合わせて、観客は拍手をしたりタンバリンを叩いたり、歌ったりして彼女の音楽を楽しんでいた。宇宙における、スピリチュアルな喜びを全身で感じられるようにね。私は、そういう音楽をよく聴いている。70年代のね。


エマ・ジーンが2018年に制作したプレイリスト

―最後に、あなたはトランペット奏者としてのアイデンティティもありますよね。あなたの音楽には「そのまま使う演奏」「後で加工されることが前提の演奏」「サンプルするための音色を録る目的の演奏」など、いろいろな目的の演奏があると思います。『Yellow』の中で特に満足している自分の演奏ってありますか?

エマ・ジーン:満足しているかどうかで言ったら、全ての演奏に満足してる。でも、それと同時に、もう一度演奏することになったら全て変えるはず。毎回、もっとうまくできるって思うから。演奏してから今までの間に、自分がさらに成長しているからこそそう思えるし、常に何かを学んでいるし、嗜好も毎日変わっているしね。演奏する時にはその時のベストを尽くしてるけど、実は『Yellow』でさえも、今聴くとすでに変えたい部分がたくさんある。でも、それは私が常に前進できていることを示していると思う。




エマ・ジーン・サックレイ
『Yellow』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11844

Translated by Aoi Nameraishi

 
 
 
 

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