ハイエイタス・カイヨーテの魔法に迫る 音作りのキーパーソンが明かす「進化」の裏側

 
タイムレスな音を生み出す秘訣

―ところで、2016年にインタビューをした時に、バスタ・ライムス「Gimme Some More」のラップにインスピレーションを受けた演奏をしている新曲を制作中という話をしてたんですけど、それは今回のアルバムに入っていますか。

ペリン:ハイエイタス・カイヨーテのためにってこと?

―たぶん……。

ペリン:ああ! ある曲のあるパートについて話していたんだと思う。今思うと笑えるよ。「All The Words We Don’t Say」、新作に入っている曲だ。

―サイモンとベンダーが、シンセとベースで同じ音符をひたすら交代で弾いていく曲だという説明もしてたと思います。

ペリン:そうそう。バスタ・ライムスのパートは「ダッダッ・パラ・ダッダッダッ」というブレイクのパートを説明したんだと思う。あのパートのリズム・パターンが、いかにもバスタ・ライムスがライムを被せそうなイメージだったからそう言ったんだ。でも、そこから曲がさらに進化しているから、そんなことすっかり忘れていたよ。




―『Mood Valiant』ではサイモンによるピアノやヴェロカイの編曲によるストリングスなど、アコースティックなサウンドが印象的に使われていて、それがエレクトロニックなサウンドとの相性も抜群ですが、そういうオーガニックなサウンドを使うというのはコンセプトの中にあったんでしょうか?

ペリン:もちろんあったよ。この先もずっとそれを追求していくと思う。個人的にもそうだし、メンバー全員そういう音楽を聴くのが好きだからね。いつも頭の中で思い描くのは、誰かがレコード店でアナログ・レコードを見つけて、埃を払ってターンテーブルに乗せてかけると、頭の1分くらいはまるで60年代にタイムスリップしたかのようなサウンドなんだけど、そこにいきなりTR-808が鳴り出して、「うわっ、なんだ!?」ってなる感じだね。「60年代に808なんて無かったよね?」みたいな感じで、その音楽がいつの時代のものかという固定観念を打ち崩すイメージ。そうすることでタイムレスになるし、聴き手の想像力に委ねることができる。「これが今流行ってる音だから取り入れよう」というのじゃなくてね。それをやっちゃうと、適当なプレイリストに放り込まれて、すぐに時代遅れになってしまう。時代を超えて聴いてもらえる音楽であってほしいんだ。

例えば電子音楽のパイオニアの一人であるダフネ・オラム(Daphne Oram)による1958年の録音があるんだけど、それは初めてテープ・マニピュレーションを使った音源で、録ったドラムの音の回転数を落としているんだ。それを聴くとマッドリブを彷彿とさせられる。「なんだ、これは!?」ってね。彼女は1958年の時点でテープの回転数を落としたり、編集したり、音を重ねたりしていた。それ以来、ずっと継承されてきた手法だ。凄いよね。そんなふうに、60年代や70年代初頭のレコードを聴いて、今でも斬新に思える感覚が僕らは好きなんだ。自分が作る音楽も、その二つの世界の融合を常に目指している。曲を書ききらないことが多い理由でもある。「えっ、この曲はいつ作られたの?」と思わせる、ちょっとした何かを持たせたいからね。わかりやすすぎたり過剰すぎる表現は避けたいし、さりげない表現が好きなんだ。どんな芸術もそうだけど、そういう作風に惹かれる。未来永劫とは言わないけど、今でもそういう時代を超えた魅力を持ち合わせた音楽を聴きたいと思って探しているし、自分でも作りたいと思う。その中に自分らしさを出すことにもやりがいを感じている。

実はそういう音楽って、当時の技術に限界があったからこそ、限られた中での創意工夫から生まれるものだったりする。一方で今は、どんな音でも無限に出せるし、いくらでも編集したり、完璧な音にも不完全な音にもすることだってできる。やろうと思ったらなんだってできる。しかもiPhoneのような携帯端末一台で音楽をほぼ作れたりもする。だから自分はつい、わざわざクセのある機材を通して音作りをしてしまうし、耳が自然と不完全な機材に傾倒してしまうんだ。そこから生まれる不完全な音のほうが想像力を掻き立てられるから。手の内がすぐにわからないところがいいんだよ。Nordを鳴らして、「Nordの音だ」ってすぐにバレるんじゃなくてね。(不完全な音は)楽曲の構成とは全然関係ないんだけど、その曲を聴く上でのトンネルのような役割なんだ。そこを歩くことで曲の世界にすっと入れる役割というか。曲の引き立て役として必要なんだ。



―クセのある音と言えば、「Rose Water」ではイントロとアウトロでピアノの音質やノイズの量が違うように思います。音の解像度や汚れ具合が異なるクリーンな音とダーティーな音を混在させて、不思議な世界観を作り出していると思える箇所がいくつもあるのが『Mood Valiant』の特徴だと感じました。

ペリン:さっきの話と少し被るかもしれないけど、例えば「Rose Water」のアウトロは、1チャンネルで全てやらないといけなかった。アルバムが完成する1カ月前まであらゆることを試したよ。あの曲の最後は、ネイのボーカルとピアノしかないわけだけど、何かもっと広げられないかと思って、Stemファイルをほしいとまでメンバーに言ったんだ。そして、あのピアノのチャンネルをいろんなアンプを通してみて、それをマイクで拾って、それにEQをかけて柔らかくしたり、音によってリヴァーブで膨らませてみたりもした。どんな些細な工夫も無駄じゃないからね。

「Rose Water」だけじゃない。どの曲のどのパートも、曲を通して音が変化していくんだ。だからこそ、終わり方が難しいこともある。あとは、ある曲で「これだ」っていうサウンドを見つけて、それを一旦寝かせて別の曲を4、5つほど取り掛かってから、またその曲に戻ってみると「あれ、これどうやって出したんだっけ?」ってなることもある。「このパートでも使いたいんだけど、どうやって出したのかを忘れちまった」ってね。そういう時は、別のやり方で同じような音を出す方法を見つけるしかない。僕は野生の勘でやっているのか、決まって使う定型のアプローチがあるわけじゃない。取り組み方はしょっちゅう変わる。良くも悪くもだ。選んでそうしているわけじゃない。そういう性分なんだ(笑)。

―野生の勘はすごい(笑)。今回のアルバムを作っている時に、インスピレーションになったものってありますか?

ペリン:個人的な話になるけど、最後のほうはエルメート・パスコアールをはじめとしたブラジル音楽をたくさん聴いていた。エルメート・パスコアールはさっき話してたことを見事にやってのける人だから。非常に美しい音楽の中に(不完全な音が入っていて)、「この楽器は何?」「ミックスにどうして入っているの?」「何が狙い?」と思わせることができる。その道の達人だ。アルバムでいうと『A Música Livre de Hermeto Pascoal』(1973年)だね。彼がフルートを吹いているライブ写真がジャケットでオレンジの後光がさしている。彼の作品は他にもいろいろ聴いた。

他には……これだ(自宅のレコード棚から取り出す)、オス・チンコアス『Os Tincoãs』(1970年)。頭を切り替えたい時によく聴いたアルバムだね。落ち着くし聴き心地がいい。このアルバムを聴いて、ハーモニーについて多くを学んだ。彼らが生み出すハーモニーは凄く心に刺さるものがある。あとは単純に、聴きながらよく歌のメロディーを口ずさんだ。歌詞抜きでね。ポルトガル語ができれば歌詞の内容もわかるのになと思うよ。大好きなアルバムだね。あとは、曲単体で聴いたものもあるね。曲を作っていて、「このパートはあの曲のあの部分っぽい雰囲気にしたい。どうしたらこのサウンドが出せるか」となることはよくある。人生は音大そのものだ。レコードを聴いて、独学で多くを学ぶことができる。


マイルス・デイヴィス&ロバート・グラスパー『Everything’s Beautiful』(2016年)でのハイエイタス・カイヨーテ参加曲「Little Church」は、エルメート・パスコアール提供曲のリミックス(原曲はマイルス『Live Evil』収録)。




―最後に、Brainfeederとの契約に際して、フライング・ロータスと話したことがあれば聞かせてください。

ペリン:そんなにたくさん話をしたわけじゃない。でも、自分たちにぴったりのレーベルだと思う。ベンダーもそうだし個人的にも、そしてバンドとしてこれからさらにプロダクションの幅を広げる上でも、フライング・ロータスからは大きな影響を受けている。Brainfeeder関連でいうと(世界配給を行っている)Ninja Tuneがあるけど、そもそもビートを作り始めた頃、僕はNinja Tuneのアーティストから大きな影響を受けた。DJヴァディム、アモン・トビン、DJクラッシュ。ハイエイタスの連中と会う前にビートを作っていた頃に影響を受けた人たちだ。さらにフライング・ロータスのような新世代のビートメーカーも出てきて、彼は音楽だけに止まらず、アニメに関わったり表現の幅を広げている。自分たちにぴったりのレーベルだと思うし、世界中からリスペクトされて、良質な音楽を発信し続けているレーベルと契約できて光栄だよ。

彼と新作について話をすることはほとんどなかったけど、一つだけ言われたことがある。『Mood Valiant』に当初入っていた1曲について「今回は入れないほうがいい」と言われたんだ。実は僕もそう思っていたから「そう言ってくれてよかった」と思ったのと、「(聴き分ける力が)やっぱり凄い人だ」と思った。たしかに浮いてたんだよね。その曲は次回作に入れることになると思う。あとはハイエイタス・カイヨーテが新しいことをやっているところを気に入ってるみたいだったよ。


※好評発売中の「Rolling Stone Japan vol.15」に、ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パーム取材記事を掲載。聞き手は柳樂光隆。




ハイエイタス・カイヨーテ
『Mood Valiant』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11757

Translated by Yuriko Banno

 
 
 
 

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