ピクサー最新作『あの夏のルカ』イタリアの美しい情景が織りなす感動作

ピクサーの新作『あの夏のルカ』(C)2021 Disney/Pixar. All Rights Reserved.


そう、ルカはシー・モンスター。イタリアのある漁村のすぐ近くの海中に住むウロコのある魚族のコミュニティの一員だ。陸で生活する人間は、船に乗っていると横を泳いで通り過ぎるシー・モンスターをときどき目撃する。一方、人間と対峙するときに備えてシー・モンスターの多くがモリを持ち歩いている。そんな状況でも、ルカはアメリカのいとこ?「リトル・マーメイド」アリエル同様に、人間世界を経験してみたい。ある日、偶然ルカは仲間のシー・モンスターが陸に向かって泳いでいくのを見てしまう。そのシー・モンスターはいきなり海中から飛び出し、陸に着地すると魔法のように人間の少年へと姿を変えるのだ。そのシー・モンスターは、アルベルト。ルカは自分もその魔法が使えることに気づき、海と陸の境界線を超えると人間の少年へと変身できると知る。さらに、変身の先輩であるアルベルトは、人間らしく振る舞うコツや、小石でガタつく丘から自家製スクーターで駆け下りて、崖から海へ飛び降りるスリルも教えてくれる。すぐに二人は近隣のポルトロッソという港町に向かい、レースでの優勝を狙うのだが、ここでアルベルトの夢、本物のベスパを持つことがあらわになる。アニメファンなら、このチンクエテッレに似た町の名前を聞くと、宮崎駿の1992年の作品『パルコ・ロッソ(原題は『紅の豚』)を思い出すはずだ。ここまでにポニョ的な「陸に上がったらこうなる」シーンが登場していないにしても、『ある夏のルカ』にはスタジオジブリの影響が色濃いことに気づくだろう(シー・モンスターの少年たちの大きな瞳とまん丸顔は、どんなアニメのキャラクターでも違和感なくフィットする)。ディズニーやピクサーがかつて使った素材を家庭料理で調理してみた的なシーンがあちこちに登場するとはいえ、荘厳さとファンタジーが共存するスタジオジブリ作品ならではのトーンこそがカサローザ&COが目指したものだ。レースもそうだし、いじめもそうだ。ジュリア(エマ・バーマン)という名前の若い女性はルカの学びたい心に火を付け、最終的にルカとアルベルトは別々の道を歩くことになる。ルカの両親も人間に姿を変えて息子を探しに出るし、サーシャ・バロン・コーエンがカメオ出演している(訳注:ウーゴおじさん役)。また、ジュリアの父親は片腕の漁師で、顔の9割がぼうぼうの眉毛と、ステロイドで強化したトム・セレックのような口ひげで覆われているが、彼は村一番のシー・モンスター・ハンターだ。しかし、生まれつき片腕のないジュリアの父は他と違うことに親近感を覚える。ただし、少年たちの正体が露わになる水、つまり噴水も、雨も、朝露も、彼らには脅威だ。

これらの要素の多くが衝突し合い、寛容さへの口実が数多く語られ、特定の観光地の宣伝のようなシーンが続くため、この作品は大なり小なり物語の網目に絡まってしまいがちだ。しかし、物語の焦点がシー・モンスターの少年二人の友情に当たった瞬間、そんな些末な事実はすべて消え去ってしまう。そして、この少年二人がともに過ごす時間と彼らの友情の儚さに夢中になり、この作品のストーリーの真髄を感じ取り、結果として静かに悲しむことになる。儚さに宿る魅力と成長に伴う痛みと悲しみが最後にはっきりと姿を表すのだ。

カサローザ監督のオスカーノミネート作品『少年と月』を見たことのある読者なら、この監督が子供らしい不思議さが同居する絵本的なイメージ作りに長けていると知っているだろう。彼のその手腕はここでも発揮されており、あざだらけの地中海の夜明けから始まり、さまざまな種族が一同に介して食事をする温かいシーンでクライマックスを迎える。しかしながら、ロマンス映画の王道を、優しく、優雅に、そして効果的に織り込みながら物語のクライマックスへと導くカサローザの手腕は何にも増して素晴らしい。断続的な高揚感とがっかりする既視感というアップダウンに翻弄される90分間を過ごしたのち、突然、この友情物語が、実はほろ苦く斬新なおとぎ話だと気づく瞬間が訪れる。そしてこの瞬間、この映画はマイナーではなくなるのだ。


『あの夏のルカ』

ディズニープラスで独占配信中
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)2021 Disney/Pixar. All Rights Reserved.

Translated by Miki Nakayama

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