サイバーセキュリティの開発者から国際指名手配犯になった奇人、ジョン・マカフィーの生涯

ジョン・マカフィー(Anthony Kwan/Bloomberg/Getty Images)


その数日後テネシーに戻ったマカフィー氏は、私がアポイントを取った時間に三時間遅れて姿を見せた。彼は、窮屈そうなローブだけを身に纏い、私がこれまで見た中で最も真っ赤に充血した目をしていた。彼は一晩中四人の男たちと戦っていたと言った。その日はすでに少し落ち着いた様子で、渋々ながらも中に入れてくれた。家中の扉という扉が施錠され、スナイパーからの狙撃を防ぐために、あらゆる窓がベッドのマットレスで塞がれていた。私をリビングに置いてシャワーを浴びに行ったが、机には大量のピストルと自動小銃、その弾薬が、ディナーパーティーの机に置かれる食器のように整然と並べられていた。

マカフィーが戻ってくると、妻を呼び出し、どこかに隠したウォッカを見つけてテキーラ・サンライズを作るように言った。私は、彼のアメリカ空軍兵士だった父親は彼の人生についてどう考えているだろうかと尋ねた。マカフィー氏は「誇りに思ってるんじゃないかな。でも父はアルコール中毒で口汚い男だったから、もっと早く自殺したほうが良かったと思う」とフラフラしながら言った。続けて私は、「あなたのパラノイアが酷すぎて、アメリカ中がもっとパラノイアになるべきだと思っているんじゃないか?」と尋ねた。マカフィーは「たぶん合っているよ。でも君も私のこれまでの人生を過ごしていれば間違いなくパラノイアになってる。アメリカ中が催眠状態になっているんだ。現実を無視することでパラノイアから逃避しようとしてるんだよ。私のパラノイアは強烈だけど、現実も同じようなものだ」と言った。

翌日私はテネシーを後にし、マカフィー氏は預言者ではなく、ただのパラノイドだと確信を持ちながら当時の記事を書いた。最後にマカフィー氏から連絡があったのはそれから6ヶ月後のことだった。食料品を買いに行く最中、突然知らない番号から電話が来た。それがマカフィー氏だった。彼は「大統領選に立候補しようと思っているんだが、CIAと関係がない良い記者を知らないか?」と言っていた。後でかけ直すと言い、結局それ以降連絡はしなかった。

これらの出来事は今から5年前の話になる。マカフィー氏はリバタリアン党から二度大統領選の候補者として出馬し、二度とも敗北した。その後は仮想通貨をこの世で盗むことのできない唯一の金だとして推奨し始めた。そして個人の仮想通貨ベンチャーを支援し、ついにはアメリカの検察に風説の流布を計画したとして起訴された。彼は小さな船でアメリカから逃亡し、イデオロギー上の理由で今後はアメリカに税を納めないと宣言した。最終的にはスペイン当局に確保され、先日生涯を終えるまでスペインの拘置所で過ごしていたが、アメリカへ戻れば、刑務所暮らしは避けられず、帰国しようという意思は一切見せなかったようだ。

Translated byby Kazuhiro Ouchi

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