サイバーセキュリティの開発者から国際指名手配犯になった奇人、ジョン・マカフィーの生涯

ジョン・マカフィー(Anthony Kwan/Bloomberg/Getty Images)


この危機的状況を目の当たりにして、「戦うか逃げるか」反応どころか「逃げるしかない」反応が私の中に発された。だが、なんとかしてその場に留まることを選択した。

マカフィー氏が70歳を迎える頃までの経歴は次のようなものだった。プログラマーとしてロッキードやNASAで働いたのち、80年代になり、まだハッカーという言葉すら存在しなかったような時代にサイバーセキュリティ会社を立ち上げ、「コンピュータウイルス」の定義が生まれるより前にアンチウイルスプログラムを作り上げた。

こうして巨万の富を築いた彼だが、同時に凄まじいレベルでのパラノイアの症状を見せるようにもなっていた。そしてそのパラノイア症状がついに彼の人格を圧倒し始めた。マカフィー氏は、コンピュータウイルス対策の移動ユニットとしてキャンピングカーを購入し、セキュリティ上の危機にある企業の駐車場にまるで救急車のように駆けつけていた。また、彼はミケランジェロ・ウイルスや2000年問題に関して終末の日理論を主張していたが、そのいずれも実際には大きな問題にはならなかった。

21世紀になり、マカフィー氏の様子がおかしくなり始めた。自社の持株を売却し、数年後にはYouTubeにマカフィー社製のアンチウイルスプログラムをどのようにアンインストールするか自ら語った映像を投稿し話題になった。ハワイのモロカイ島に家を買い、彼が自分の財産を分譲マンションに費やしたという噂を否定した人物を、勝手に違法薬物の密売人だと決めつけ、その自宅を特定するために新聞に広告を出した。次はニューメキシコへ引っ越し、峡谷を飛ぶことのできる軽量な航空機を発明した。このベンチャーは、彼の甥っ子と他の乗客が事故死したことによって幕を閉じた。マカフィー氏は520万ドルの支払命令を無視していたようだが、彼はこれをカルテルの仕業だと主張していた。

Translated byby Kazuhiro Ouchi

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE