ルーシー・ダッカスが語る、「暗く悲しいシンガーソングライター」を卒業するまでの日々

青春時代の思い出、これから先の未来

ルーシーの生活は、思春期とはまるで変わったようだ。「ミドルスクールまでは、早起きして仲良しグループでパネラ(※訳註:レストランチェーン)へ行き、授業の前に聖書を勉強するような子だった」と彼女は言う。「それが私の社会的、精神的、家族的な領域だった。私の生活の全ては、教会を中心に動いていた。」

「以前は“キリスト教不可知論者”に固執していたが、それもやめた」と言う彼女は、自身がどんな信仰も持たない人間だと認識してからも神について考えることが多く、自分は「文化的なキリスト教徒」だと思っている。「教会とは無縁の人たちと出会うと、とても親近感を覚える」とルーシーは言う。「そんな人たちとすぐに仲良くなれた時代が懐かしい。世界をより良くしたいと願う人たちとの出会いは楽しかった」

『Home Video』で語られるストーリーに共通しているのは、青春時代の思い出に対する優しい感情だ。ルーシー曰く、過去の自分から遠ざかれば遠ざかるほど、その感情は強くなっているという。「昔の自分から距離を置いた今だからこそ、曲のテーマとして取り上げることができるのだと思う」と彼女は言う。「過去の自分をできるだけ優しく見守ることが大切。なぜなら過去には、選択しなかった多くを残してきたから」

アルバムが完成に近づいた2019年の年末に、ルーシーはフィラデルフィアへ引っ越した。「私はリッチモンド以外に住んだことがなかった。だから、“もしもここに縛られて、新天地で生活を続けられなかったらどうしよう”などと考え出した。本当にできるかどうかは、やってみるしかなかった」と彼女は言う。ルーシーと彼女の同居人たちは皆揃って熱心な読書家で、Zoomの画面に映る彼女の背景は、まるで図書室のようだ。「詩集が一番上にあって、音楽関係が一番下。そして美術書や雑誌もある」と彼女は後ろを振り返って書棚を指差す。「上の方にはフィクションとノンフィクションが並んでいる。壁一面の本に囲まれた生活、という夢に近づいているわ」



2020年3月5日、ルーシーとバンドメンバーはライマン公会堂でのライヴの前に、『Home Video』の仕上げのためナッシュビルのスタジオに立ち寄った。「あちらこちらにキラキラした輝きがあり、そこにちっぽけなヴォーカルを乗せた感じ」と彼女は表現する。3月8日、バンドはフロリダ州オキーチョビーで開催されたミュージックフェスティバルに出演した。「行くべきじゃない、と止めようとした」と彼女は振り返る。「結局ステージに立ったけれど、会場の半分も埋まっていなかった。誰もが明らかに恐怖を感じていた。奇妙で暗い雰囲気だった」という。それから1週間も経たないうちに、新型コロナウイルスのパンデミックにより、米国内で全ての音楽ライブイベントが実質的に開催できなくなった。

2020年秋に予定されていた『Home Video』のリリースは、延期された。それから8カ月かけて、ルーシーはエンジニアのショーン・エヴァレット(ハイム、ザ・キラーズ、ウィーザーなど)とリモートでアルバムのミックス作業を続けた。リリース日は「かなり先に延ばされたけれど、私は腹を立てたりしなかった」と彼女は言う。「むしろ、ちゃんとした作品に仕上げる時間ができて嬉しかった」

インタビューを行った2021年春、ルーシーはワクチン接種を受けている最中で、元の生活に戻るのを心待ちにしていた。「出かけて行って、友だちや家族皆をハグしたい」とルーシーは言う。「私はクラブへ行ったりしない人間だけれど、今は熱気ムンムンでいかがわしいクラブへ行って踊りたい気分。ショッピングも嫌いだけれど、ショッピングモールへ行って試着したりスムージーを飲みたい」

2021年秋、ルーシーはついにステージへ戻って来る。全米各地を巡るツアーで彼女は初めて、『Home Video』からの楽曲をオーディエンスに披露するのだ。まずは9月に故郷のリッチモンドで、ボーイジーニアスのバンドメイトでもあるジュリアン・ベイカーと2日間の公演を行う。2021年の最も激しいカタルシス的なパフォーマンスになることは間違いない。もう彼女たちを「暗い」などとは呼べない。

「他にもいろいろな思いがある」とルーシーは言う。「例えば、『Thumbs』を聴くのが辛いと言う人もいると思う。でも曲に登場する友だちは私に、“この曲は、私が辛い時にあなたが側にいてくれたという事実を歌っている。だから、暗く悲しい歌でも何でもないわ”と言ってくれたの。」

少しの沈黙の後、ルーシーは口を開いた。「彼女にそう言われた時は、泣いてしまったわ。でも悲しいからではなく、感謝の涙よ」

From Rolling Stone US.






ルーシー・ダッカス
『Home Video』
発売中
日本盤CDには貴重な初期音源「No Scholar (2014)」をボーナストラックとして追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11810

Translated by Smokva Tokyo

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