LOW IQ 01の青春時代「市川昌之からLOW IQ 01になった1991年」

LOW IQ 01


ーイチさん、ジュリアナに顔出したりしてたんですか?

一回も行ったことがない。俺はインクスティック。芝浦は1989年に閉館して、後に倉庫街の鈴江に場所が変わったんだよね。そこでAPOLLO’Sでも出たし、アクロバットバンチでも出てる。インクスティック芝浦時代なんだけど、ザ・コレクターズのローディーをアイゴンがやってたから、手伝いで付いていって。田無レーンでライブ前に古市コータローくんと一緒にビリヤードをやったんだよね。俺、その時調子よくて、「プールバーとか結構行ってんじゃないの?」とか言われたの、すげー覚えてる。あと覚えてるのは、東京の23区の電話番号の03の後に3がついて10桁になったというのが1991年1月。APOLLO’Sのバンドメンバーが電話番号が書いてあるTシャツを作ったのよ。当時バンドってカセットテープのデモで、コンタクトの取り方として平気で自宅の電話番号とか入れてた。Tシャツに番号を入れてるんだけど、まだ10桁じゃなくて、9桁の頃の番号を入れてて。その後にどんどん増えていったんだよね。あと、SMAPがCDデビューした年だね。SMAPってもっと前から結構テレビに出てたんだよね。慎吾ちゃんが柴田恭兵のモノマネで「関係ないね」って子どもの声でやってて、まだすげー背が小さかったんだよ。あとはファッションだよね。ジュリアナ東京スタイルってまさにワンレンボディコン、ジュリセンですよ。

ーよくテレ朝の『トゥナイト』でこのへんのムーブメントをオンエアしてた記憶がありますね。

それと、渋カジって1980年代のものだと俺は思ってるんだよね。どっちかと言うと、1991年はキレカジだよね。紺ブレなんだけど、この時代になってくると、アメカジは俺らぐらいの歳なのよ。結構うちの地元の後輩は自由が丘に溜まってて。キレカジっていうのは、もう渋谷じゃないんだなって感じはすごいした。

ーアメカジってちょっとストリート感があったけど、キレカジはそういうところから一線を画してる雰囲気がありましたよね。

ちょっとインテリ感があったよね。男の人はみんな髪の毛がセンター分けの長髪だった。60年代リバイバルっていうのはベルボトム。これ、前々回のガンズ・アンド・ローゼズとかから来てると思うんだけど、だんだんヒッピーな感じになってるのかね。Tシャツは古着のピタTだったような気がする。ストリート系インディーズブランドと言うと、すごい覚えてるのは雑誌『Fine』。前回言った『CUTiE』もそうだけど、『Fine』がサーフィンからストリートにだんだん移行してきたから、スケボーとかの文化になってきた。クラブキッズの間でSTUSSYのバケットハットがすげー流行ったの覚えてる。あとはアディダス。俺の中ではアディダスって永遠だからさ。80年代の中期にRun-D.M.Cが流行らして、しかもスーパースターを紐出しで履くというスタイルだよね。それこそ、ビンテージジーンズもそうなんだけど、Gジャンだね。1st、2nd、3rdで20万、30万円の世界になってきちゃったんだよ。俺はずっと3rdが好きだから、3rdしか着てなかったけど。服装とファッションは90年と91年ってそんなに大差ないんだよね。

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