米陸軍エリート部隊、上層部がひた隠しにするタブーの正体

グリーンベレー隊員マーク・レシカー(左と、右の写真のタトゥーのある方)はそれぞれの幼い娘が目撃する中、麻薬の効果で激化した口論の末、親友で同じく特殊部隊員のビリー・ラヴィーン(一番右)に射殺された。数年後にはラヴィーンも胸を撃たれて死亡し自分のトラックの荷台で発見された。特殊部隊内で薬物絡みの事件が連続する中、フォートブラッグで麻薬を密売していたとして当時取り調べが行われていた。(Courtesy of Laura Leshikar, 2)



誰が何のために殺したのか?

著者が取材出来た中で彼と最後に会ったのはジェジー・マリー・パティノさんというタトゥーアーティスト兼廃品整備士だった。ラヴィーンとは仲が良く、コカイン、メタンフェタミン、ヘロインを使っているところも見たことがあると言う。11月下旬のある日、客の車を整備していた時に振り返ると、黒いスキーマスクを被り手にクロスボウを持ったラヴィーンが立っていた。

薬物で酩酊しており、レシカーのことで涙を流していた。「俺は化け物だ。親友を殺してしまった」と言っていた。パティノさんはラヴィーンの胸にタトゥーを彫り、形はCIDがメイビーさんに説明したものと一致している。「マーク・レシカーのイニシャルM.L.と彼が亡くなった日付、そして『ヴァルハラまで』という銘を彫りました」

12月2日にナイロン製の布を剥ぎ、裸足で上半身裸の彼の胸に複数の銃創があるのを見た時、捜査官たちはその姿を撮影しただろう。1月下旬のある寒い晩に、著者は彼が発見されたおおよその位置へ向かうと、森は全く動かず音もなく、鳥すら鳴いていなかった。何列にも並んだ単調な松の後ろにオレンジ色の太陽が沈みゆく。

生きて立ち去った相手の手がかりもなければ、思い当たる人物もいない。当局は何も喋らない。これらの事件で彼らは市民を締め出し、質問への返答を拒否し、犯人を逮捕しないという捜査方法を示した。FBIが捜査を引き継いだことにビリーの父は「少し気が楽になった。CIDは信頼出来ない」と話している。

2020年にフォートブラッグで亡くなった軍人の正確な数すらわかっていない。数カ月かけて連絡を取った結果、広報課はようやく自殺者と他殺された人数を公表したが、薬物の過剰摂取を含む事故や病による死者の数は明かさないままだ。基地のスポークスマン、ジョー・ブッチーノ大佐はフォートブラッグの軍人たちが巻き込まれた全ての殺人事件で薬物の乱用が共通していることを把握しているとした上で、それらのうち1つを除く全ての事件に関わっている特殊部隊についてそれ以上のことは何も話せないと強調した。「特殊部隊で起きたこれらの出来事はフォートブラッグ司令部の管轄外です」。しかしJSOCとUSASOCのどちらもコメントを求める複数回の依頼に応じていない。葬儀の時に棺の蓋を開けられないほど腐敗が進んだ状態で発見された19歳のケイレブ・スミザーさんのように、若者が兵舎で「反応がない」状態で発見される不可解な事件についても基地は何の説明もしなかった。

皮肉にも、海外で亡くなったフォートブラッグに拠点を置く軍人についての方が情報収集が容易だった。第82空挺師団に所属する軍人2人はアフガニスタンで路上爆弾に巻き込まれ、別の落下傘部隊員の工兵がシリアで車両の横転により命を落としており、合計3人が海外で亡くなっている。ラッカやカンダハールよりファイエットビルの方が危険な任地だと言うのは大袈裟だが、ブッチーノ大佐が公表したデータや陸軍が以前McClatchyに提供した情報、地元メディアの報道を合わせると、少なくとも44人の現役軍人が2020年にフォートブラッグで死んでいる。この数字は他のアメリカ軍基地、それぞれで事件の多かったフォートフッドやフォートブリスを含めて比べても圧倒的に多い。

「フォートブラッグでの出来事は最悪です」と妊娠中の妻を射殺した衛生兵の母、リンダ・ルイスさんは言う。アフガニスタンに派遣された、動物好きな心優しい19歳の青年が帰って来る頃には別人になっていたそうだ。「人が死ぬところを見て、即席爆弾に巻き込まれて、偏頭痛や悪夢に悩まされ、人格が歪んでいってしまいました」

息子の遺体は今もアラスカ州で冷凍保存されている。陸軍が検視結果や医療記録を開示しないため、彼が外傷性脳損傷に苦しみ、PTSDの治療を受けていたという証拠を失いたくないのだ。「正気ではなかったと証明しなければなりません」と彼女は言う。「毎月電話しました。フォートブラッグの人間は誰も私と話したがりません。弁護士をつけろとだけ言って来ます」

「今軍で何が起きてるのかまるでわかりません」とメイビーさん。「私が何人と連絡を取ろうとしたか信じられないと思います。誰も話を聞いてくれないんです」

「私の息子は誰よりも正直で忠誠的な愛国者でした」と続ける。「彼に道を踏み外させる悪魔はいました。薬物や酒、コカイン、トラマドールで苦しみました。彼と同じ道を辿った軍人で同じように苦しまなかった人を私は知りません」

ラヴィーンも同じように苦しんだ一人だ。「ビリーは自分の悪魔と戦っていたんだと思います。ただ上手く立ち回れなかったんです」と彼女は言う。2018年7月、父と行った独立記念日の花火から逃げ出した辺りの時期に、彼はメイビーさんに電話で息子が彼女の息子を殺めてしまったことを許してほしいと伝えた。彼女は電話を切ったが、後に考え直した。レシカーの墓前でなら話を聞くと言う条件をつけ、メールを送った。彼から返事はなかったとメイビーさんは話す。「二度と返答はありませんでした」

追記:この記事の公開後、陸軍特殊作戦軍のスポークスパーソンがビリー・ラヴィーンの引き起こした事件にどのように対応したか、ローリングストーン誌宛に声明文を送った:「我が軍に長く勤めているラヴィーン曹長は様々な法的保護の対象になっていました。ラヴィーン曹長が死亡した時期に、彼が犯した罪に対する適切な対処の最終調整が行われていました」

from Rolling Stone US

Translated by Mika Uchibori

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