「砂漠のジミヘン」エムドゥ・モクター、新たなギターヒーローが語る愛と革命の音楽

「アフリカは被害者」権利のために戦う

そして、ポスト植民地時代と新植民地主義に対する一斉砲火ともいえる「Afrique Victime」。時折タマシェク語を交えつつ、歌詞の大半はフランス語。現在もニジェールに軍隊を配備し、ウラン採掘のために民や土地を搾取する国でも理解してもらえるように、という思いからだ。7分半にわたるこの作品はブルージーなビートで進行するが、それとはわからないほどに少しずつテンポがあがってゆき、最後にはベースが突如炸裂。流星群のごとくドラムが駆け抜け、モクターのギターが暗闇を切り裂く閃光となって入り乱れる。全編を通して繰り返されるリフレインからは然るべき怒りと絶望感がひしひしと伝わるが、希望が失われたわけではない。“アフリカは数々の被害者/口を閉ざしたままでいれば一巻の終わり/どうしてこうなった? いったいどうして?”



「Afrique Victime」はアルバムの中でも異質に見えるかもしれないが、他の収録曲と相いれないわけでもない。アルバムの中核をなすタイトルトラックは、歴史と紛争の大きな波の底に絶えず流れる日常生活の潮流――悦びと悲しみ、称賛と悲哀――を歌い上げる。「トゥアレグ族には革命的な音楽という伝統があります。そうやって戦士を励まし、自分たちの権利のために戦うことの意味を若い世代に教えるんです」とモクターは言う。「それからもちろん、女性や子供も含むすべてのトゥアレグ族に喜びと幸せをもたらすものでもあります」

革命の潮流はtishoumarenのパイオニア、ティナリウェンに遡る。ティナリウェンのメンバーは、長年サヘル地域諸国で疎外されてきたトゥアレク族の権利平等を求めて戦った反乱勢力の一員だった。モクターも2010年代のトゥアレグ蜂起に参加した。ニジェールではトゥアレグ族が一人前の市民として扱われず、飲料水も、電気も、学校や病院もないという事実に駆り立てられたのだという。あれから10年、ニジェールにおけるトゥアレグ族の状況は改善されたが、国も国民も大国に牛耳られたままだ。ニジェールに腰を下ろした元宗主国のフランスだけではない。モクターが生まれたアガデスの街はずれには、アメリカ軍が1億1000万ドルかけて建設したドローン基地がある。CIAも、ディルクの街から350マイルのところに基地の建設を決定した。

「今のニジェールをだめにしているのは、こうした軍事基地の存在が元凶です」とモクターは言う。「こうした軍事基地が国内にできるまで、ボコ・ハラムのような洗練されたテロ集団はありませんでした。フランスの基地ができて、今度はアメリカの基地。それとほぼ同時にテロリストがのさばって、我々ニジェール人では手の付けられない状態になっていきました。西欧諸国はテロリスト撲滅のために来たといいますが、今もテロ集団は人々を殺害しています。なのに軍隊は――すぐ目の前で起きているのに、何の反応も示さないんですよ! 装備も訓練も完璧なのに、介入しようとしない。あれほど僕らを助けたがっているなら、なぜ地元勢力に加担しないんでしょう? 意味が分かりません」


エムドゥ・モクターがティナリウェンの楽曲をカバー、2020年にナイジェリアにて

この1年、モクターはアガデスや近隣地域にできる限りのことをしてきた。パンデミックで2020年の北米ツアーを中止せざるを得なくなり、代わりに彼はニジェール国内を旅した。「人々の暮らしを見て、砂漠で起きている被害を確認したかったんです。すぐに、人々が飲料水へアクセスできずに困っていることが分かりました。それで身銭を切って、砂漠での井戸の建設をサポートしました」

ニジェールはCOVID-19の影響をとくに受けたわけではないが(最新データによると感染者はわずか5356人、死者は192人)、やはり生活には支障をきたしている。人々はモスクに集うことができなくなり、それまで頻繁に行われていた結婚式などの地域行事はほとんど中止された。とくに後者に関しては、イベントで演奏することで割のいい報酬を得ていたアガデスのミュージシャンにとっては致命的だった。「残念ながら、地元ミュージシャンの大半が破産状態と言っていいでしょう。貯えがなく、不意を突かれた人はみなそうです」

通常なら、アガデスの若者にとって音楽は稼ぎのいい商売のひとつだ。モクターはこの地域での音楽の存在を、他の都市でのサッカーにたとえる。だからこそこの地域は多くの才能を輩出してきた。モクターと同世代のバンビーノしかり、2020年1月に他界した大先輩で指導者のアブダラー・ウンバドゥーグーしかり。「アブダラーのコンサートで初めてギターの生演奏を見ました。自分にとって、彼はつねに驚異の存在でした」とモクター。「人間以上ですよ、わかるでしょう。彼のすることは何でも好きでした。こうしてアーティストになれたのも彼のおかげです」


「砂漠のブルース」のパイオニア、アブダラー・ウンバドゥーグー。1995年リリースの『Anou Malane』はSahel Soundsよりリイシューされている。

モクターの音楽の根源には無限の好奇心がある。「血筋でしょうね」と本人は言う。「好奇心があるからこそ、音楽はずっと進化していけるんだと思います。それと、クリエイティビティに欠かせないのが努力。一生懸命努力して、実験することからクリエイティビティが生まれるんです」 いまも彼に深いインスピレーションを与えるのは、「自然や環境から強いられること」。ということは、家や家族から遠く離れて作られた『Afrique Victime』が愛や切望の記録だとすれば、この1年母国ニジェールで目にしたものが次回作で結実するかもしれない。

「いま一番影響を受けているのは、ここアフリカでの現状です」と彼は言う。「自分の音楽は今よりもっと革命的になるでしょうね。そういうテーマで作曲したいんです。今の自分にしっくりくるような気がするんですよ。テロリズムや格差、汚職、今なお続くフランスからの搾取。将来的にはアルバムでこういうテーマを扱ってみたいですね」

だが、彼はこうも言う。「愛というテーマも忘れたりはしませんよ。愛こそが人々を束ね、結びつけるものですから」

From Rolling Stone US.




エムドゥ・モクター
『Afrique Victime』
発売中
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11737

Translated by Akiko Kato

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