アルファ・ミストが語るジャズとヒップホップ、生演奏とビートの新しい関係性

アルファ・ミスト(Photo by Johny Pitts)

アルファ・ミストが最新アルバム『Bring Backs』をANTI- Recordsよりリリース。進境著しいイースト・ロンドン出身の奇才にインタビューを行った。聞き手はジャズ評論家の柳樂光隆。

近年のロンドン・ジャズシーンにおいてアルファ・ミストは特異な立ち位置にいる。彼はトム・ミッシュやジョーダン・ラカイなどとコラボしているビートメイカーで、ローファイ・ヒップホップやチル系プレイリストの常連でもある。その一方で、シーンの名手たちとコラボしている鍵盤奏者としての顔も持ち、2019年にはブルーノート東京で来日公演を行っている。

ユセフ・デイズやマンスール・ブラウンなどと録音した2018年の『Love is the Message』では、J・ディラの影響を公言する鍵盤奏者としてのメロウな“ウワモノ”っぽい演奏を聴くことができる。そのオーガニックな質感は、彼がビートメイカーとして発表してきた幾多の音源とも通じるもので、ロバート・グラスパーを通過したジャジー・ヒップホップ的なスタイルと言ってもいいだろう。

その一方で、トム・ミッシュの『Beat Tapes 2』に収録された「Hark feat. Alfa Mist」、もしくは2020年にアルファ・ミストがリリースしたEP『On My Ones』では、メランコリックな旋律に耳を奪われる。そこには明らかにビル・エヴァンスのようなクラシック由来のジャズ・ピアニストからの影響が鳴っている。さらに、2019年のアルバム『Strunturalism』や最新作『Bring Backs』では、その旋律や編曲、各演奏者のソロのフレーズから明確に(ブラッド・メルドーやカート・ローゼンウィンケルなど、21世紀以降の)コンテンポラリージャズの影響が聴こえてくる。そもそもアルファ・ミストの音楽は、2015年のデビューEP『Nocturne』の時点で、フレーズや曲構成のなかに現代ジャズの要素があり、それこそが彼の音楽を“ビートメイカーによるジャズ風のインスト”とは一線を画すものにしていた。


アビー・ロード・スタジオで収録された『Love Is The Message』のセッション映像



つまり、アルファ・ミストの音楽のなかにある“ジャズ”はいくつもの異なる文脈が錯綜しており、彼はピアニストやビートメイカーなど役割を切り替えながら、それらを巧みに使い分けているのだ。なんとなく聞き流せる心地よさもあって見逃しがちだが、しっかり聴くとジャジー・ヒップホップともヒップホップ風のジャズとも言い難い、ジャンルの挟間にある異質な音楽であることに気づくだろう。

そこで今回のインタビューでは、彼の音楽を構成する“ジャズ”を中心とした影響源の数々を語ってもらうことにした。本人への理解が深まるだけでなく、ジャズとヒップホップ、生演奏とプロダクションの関係性がさらなる発展を遂げていることもわかるはずだ。


Photo by Johny Pitts

鍵盤奏者としてのルーツ、ジャズとの接点

―まずはピアノを始めたきっかけから教えてください。

アルファ・ミスト(以下、AM):13〜14才くらいからビートを作るようになって、ピアノを始めたのは17才のときだった。もともとは楽器を弾く前からFruity Loopsというプログラムを使ってヒップホップやグライムのビートをずっと作っていた。ビートに使うサンプルを探すのに他のジャンルの音楽を聴いて、そこから切り取ったものを自分の音楽で使う、ということをやるわけだけど、そうやっていろんな音楽を発見したんだ。クラシック、インドの古典音楽、それからジャズもそう。音楽の仕組みはわからなかったけど好きだと思った。だから、そういう新しく耳にする音楽を理解したくて、ピアノを習おうと思った。そこから仕組みがわかってきたら、ただ既存のものを(サンプリングして)ビートに使うだけではなく、自分でも作れないかと考えたんだ。

―どのようにピアノを学んで、身に着けてきたのかを教えてください。

AM:完全に独学だった。通っていた学校ではA levelとB techという進路の選択があって(訳者註:大まかに言うと大学進学コースと専門学校コースの違い)、A levelの生徒だとピアノの授業を無料で受けられるんだけど、自分はB techの生徒だったから、有料になってしまう。「彼らが無料で受けられるのに、なんで俺は受けられないんだ?」ってムカついて、「だったら独学で覚えてやる。授業を受ける必要なんてない」と意地になったのさ(笑)。授業料を払う余裕もなかったしね。というわけで、独学で身につけようと決めた。授業料を払えるようになった頃には、自己流の学び方を確立していて、「このまま独学で続けよう」と思ったんだ。人に教えてもらわなくても、一人でなんとかなっていると思ったから。

どうやって一人で学んだかというと、自分の指がついていけない曲を練習して覚えることで、それが弾けるようになれば上達する。そしてまた別の弾けない曲を練習して覚える。そうやって、徐々に難しい曲を弾いていった。まず、頑張って指の動きを練習して体で覚えて、頭で理解するのは少し後になってからだった。

―実際、どんな曲を弾いて覚えたのでしょうか。

AM:いくつもあったけど、筆頭にあげるとしたらビル・エヴァンスの「Nardis」だね。モノクロの演奏動画を見つけて、たぶん60年代のものだと思うんだけど、その動画を見て、彼がどういう弾き方をしているのかを研究した。初心者がいきなり弾くには難しい曲だけど、自分にできる範囲で身につけていった。ソロ・パートはまだ到底無理だったけど、コードの音の重ね方はなんとか聴き取ることができた。この曲はその後も、自分の上達を測る基準になったね。そして耳を鍛えていくうちに、曲の中のいろんな音がきちんと見えるようになってきて、もっと弾けるようになっていった。他にも弾いた曲はいろいろあるけど、「Nardis」は今でも名曲だと思う。シンプルだし、ハーモニーのおかげでスッと耳に入ってくる。自分なりに弾いていても楽しかった。テーマも好きなんだ。ああいうハーモニーを使うジャズは珍しかった。最近のジャズではよく使われるようになったけど、当時はかなりぶっ飛んでいたんだと思う。周りがやっていないことを、堂々と自分のサウンドとして鳴らしている、という部分でもリスペクトしている。



―他にどんなピアニストを聴いてきましたか?

AM:その時代だと、アーマッド・ジャマルとセロニアス・モンク。モンクは他の誰とも違っているところが凄く好きだった。あとはエロル・ガーナー。彼は「後ノリ」で弾く人で、ヒップホップが出てくる前からヒップホップ的なことをやっていた。それとハービー・ハンコック。ボイシングやサウンドが美しい人たちに惹かれるね。ヒップホップのプロデューサーが切り取って使う音がまさにそういう音だったから、自分としても一番ピンときたんだ。

最近の人たちだと、ロバート・グラスパー、アーロン・パークス、テイラー・アイグスティ、あとはピアニストではないけど(ベーシストの)アヴィシャイ・コーエン。彼のアルバム『Gently Disturbed』(2008年)で音楽の見方が完全に変わった。シャイ・マエストロがピアノ、マーク・ジュリアナがドラムを演奏している。あのアルバムの影響は大きいね。




―他にも21世紀以降のジャズ・ミュージシャンで、あなたに影響を与えている人物はいますか?

AM:ブライアン・ブレイドは知ってる? 彼は感情表現を大事にする人で、そういう部分を非常にリスペクトしている。それとブラッド・メルドー。素晴らしいピアニストで、曲が何を必要としているかってことへの理解が深いし、両手の分離・独立の技術も素晴らしいよね。エスペランサ・スポルディングからも多くの影響を受けている。彼女が見せる様々な表現を知ると「そうか、いろいろな方向性を追求してもいいんだ」という気持ちになれるんだ。

―今挙げてもらったアーティストの作品で、特に繰り返し聴いたアルバムは?

AM:たくさんあるけど、しいて言えば、ジョージ・デュークの『Faces In Reflection』は本当にいいアルバムで、自分にとっての好きなものが集約されている。演奏も音の構築の仕方もバラエティに富んでいて名盤だと思うよ。あとはさっきも言った『Gently Disturbed』だね。


Translated by Yuriko Banno

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