アルファレコードが求めた精神の自由 村井邦彦と共に振り返る

村井邦彦


(インタビュー)

村井:若い頃からやりたいなと思っていることを思う存分やって、アメリカに進出したけども経済的に失敗したと。そこで続けようと思えば続けられたかもしれないけど、やっぱり人間15年くらい一生懸命仕事して飛び回ってたら疲れますよ。僕はその時きっとすごく疲れたと思うんです。僕が言い出したんです、パートナーがお前やめろっていったんじゃなくて、僕から辞めますと言って辞めたんですけど、それが今に至るまでの次の仕事をやれたエネルギーの素になってるでしょうね。だからよかったと思っているけど、アーティストや社員の皆さんには悪かったなと思わないこともないんですけどね。でも、しょうがない。

田家:離れた後に日本の音楽への見方とか変わりました?

村井:あまり日本の音楽のことを考えなくなりましたね。一度離れてやろうという感じでした。

田家:細野さんは2019年にアメリカツアーを行って、映画にもなりましたが、その中でロサンゼルスでの公演で村井さんや色々な人と再会しているシーンがすごくいいシーンだと思ったんです。

村井:観に行きましたね。なんか夢を見ているようだったな、30年以上前に苦楽を共にして世界ツアーをやった人が歳をとって舞台に立っていて、やっている音楽がすごくいいんですよね。

田家:2015年には古希を迎えられていますが、歳の取り方ということについてこういう風に歳をとったらいいんじゃないかなという考えはおありですか?

村井:自分でも時々考えるんですよ、こんなに歳をとってラジオに出たりするよりどこかで静かにじっとしていた方が良かったなと思うんだけど、小説も始めちゃったしね(笑)。人それぞれじゃないでしょうか。

田家:先週もお話しましたが、亡くなった方への感謝の言葉をコンサートの最後で一言ずつ仰っていたのが素晴らしかったと思うんですが、ああいう洗練した形でコンサートとしてやれたのはアルファじゃないとできなかったと思うし、村井さんじゃないとできなかったろうなと思って見てましたね。

村井:心から思ってるからできるんだよね。でもこの5年間で服部克久さんや村上"ポンタ"秀一も亡くなって、ちょっと寂しいですよね。

田家:メンバー紹介で村井さんが「村上"ポンタ"秀一」と呼んだときに、ポンタさんがアップになるんですよね。そのシーンはやっぱり泣けますね。

村井:亡くなった時はそのシーンを見返しましたよ。

美しい星 / 村井邦彦

村井:これは環境問題の歌なんですよ。地球を美しいまま子供たちに残していかないといけないという、ユニセフのために書いた歌なんですけど、「翼をください」ほど有名じゃないけど、僕と山上道夫さんの代表作として残っていってほしいなと思って、最後に自分で歌ったんです。

Rolling Stone Japan 編集部

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