「ジミヘンの再来」と称される大器、タッシュ・サルタナの運命を変えた決定的瞬間

代表曲であり、活動の足枷となった「ジャングル」

自身のキャリアにおけるDIY的アプローチについて語る際、サルタナの口調はラップのようなリズムを刻む。下積み時代に重ねた努力が、シンプルでコンパクトなビートボックスとともに吐き出されていく。「客は50人だったり100人だったり、200人の時もあればゼロの時もあったけど、とにかく種を蒔き続けた。出演するはずだったフェスが中止になったり、雨や雹に打たれながら、雷鳴を聞きながら、猛暑の中で汗だくになりながら演奏したこともあった。雪のせいで機材が壊れた時は参ったね。歌ってる最中に歌詞をド忘れしたこともある。ライブの前日に騒ぎ過ぎて潰れたり、大きなフェスに出てるロクでもないアーティストの前座をやらされたこともね」。短い沈黙を挟み、サルタナはこう続けた。「そしてある日、自宅の寝室で『ジャングル』を書いた。これはスマホで録音すべきだ、直感的にそう思った」

2016年5月に自宅のリビングで、サルタナのiPhone4に収められた同曲は、わずか1週間の間にバイラルヒットを記録した。YouTubeでの再生回数は最初の5日間で100万回を突破し、現在では9400万回に達している。無数のファンがTriple Jに同曲をリクエストしたことで、「ジャングル」は同局の2016年のHottest 100で第3位となり、ビデオゲームFIFA 18のサントラに収録された。同曲のヒットに後押しされる形で、『Notion EP』はARIAチャートで第8位を記録した。



サルタナがスピリチュアルなものを信じていることは疑いない。宗教には関心がないが、大地や神話との繋がりは全作品のアートワーク、『Flow State』(2019年の1stアルバム)というタイトル、そして『Terra Firma』における深い心理描写にはっきりと現れている。「あんまりディープになりすぎないほうがいいって思う時もあるんだけどね」。サルタナは笑ってそう話す。「何もかもに深い意味がある必要はないけど、つい素の自分が出てしまうんだ」。そう話しながらも、ビジネス面にも意識的なサルタナは、自身のブランドを確立することの重要性を理解している。

Fenderとのコラボレーションによるシグネチャーモデルの発表、プレイステーションやコモンウェルス銀行とのパートナーシップ、あるいは『Terra Firma』のシングル曲のアレンジコンテストの勝者へのギター贈与まで、サルタナはキャリアのビジネス的側面も自身でコントロールしている。レーベルと出版会社はコストを全て回収済みであり、サルタナは現在「自由の身」だ。現在のレーベルと契約を更改するか、別のレーベルに移籍するか、あるいは2019年5月に設立した自身のレーベルLonely Lands Recordsから作品をリリースするか、サルタナは自らの意思で決定することができる。


ロサンゼルスのThe Shrineでのタッシュ・サルタナ、2018年12月2日撮影(Photo by Dara Munnis)

目標が何であれ、その達成に必要なものは情熱と野心、そしてひたむきな努力だとサルタナは話す。「叶わないことなんてない。音楽に関する知識を、ほんの少しでも多く身につけたいと思ってる」サルタナはそう話す。独学のマルチ奏者であるサルタナは、世界記録の保持者であるNeil Nayyarにとっても脅威となりうる存在だ。

12以上の楽器を操り、作曲とレコーディングをほぼ独力でこなすサルタナは、ヒットを意識して曲を書くことはないが、ひとつだけ例外がある。「ジャングル」のリリース後、サルタナは大衆受けする曲を生み出すことに対するプレッシャーを覚えていた。「シングルが必要だって言われた」業界の慣習について、サルタナはニコリともせずにそう話す。「ラジオでかけてもらえるのはシングルだけだから。『手早く1曲仕上げろ』って言われた」

ビートの効いたソウルにジャズとロックンロールのテイストをブレンドした「マーダー・トゥ・マインド」をサルタナが書き上げたのは、「ジャングル」が2017年にARIAのトップ30にランクインしてから2カ月も経たない時のことだった。「そういう目的で作られた曲だから。ラジオでかけてもらえる曲を早急に仕上げる必要があった」サルタナはそう認めた上で、さらにこう続けた。「誤解のないよう言っておくけど、結果には満足してる」。しかし、サルタナが同曲をステージでプレイすることはない。「何年も(『ジャングル』を超える曲を書こうと)もがき続けてたけど、そんなのは自分らしくない、同じような曲を書こうとするなんて間違ってると気づいた」

Translated by Masaaki Yoshida

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