誰もが天才と認める音楽の申し子、タッシュ・サルタナの知られざる葛藤

常につきまとったジェンダーの問題

その翌日、取材現場となったクッジーにあるマネージャーのDavid Ashの自宅の一室に、サルタナは声を発することなく足を踏み入れた。すでに圧倒的な存在感を放っているサルタナの隣で、フィアンセであるJaimieが腰を下ろした。「Know Your Rights」のプリントが施されたBrixtonのキャップ、Hard Rock Cafe Orlandoのランニングシャツ、ロング丈のライトデニムに白のレースアップシューズという出で立ちのサルタナは、筆者との対面から1分と経たないうちに、マネージャーの所有物であるカプリオレンジのテレキャスターを手に取った。

しばらくして、話題がボウリングに及んだ際に、サルタナは父親がプレイの最中に後ろにひっくり返った時のことを話し始めた。右腕を突き出して振り上げ、指が穴から抜けなくなっている彼の様子を真似てみせる。



話題が山火事とパンデミック一色となった1年の終わりが迫りつつあったその日、大きな一軒家の庭のパティオに腰を下ろしていた我々の頭上では、灼熱の太陽が照りつけていた。当日は11月としてはシドニーにおける観測史上最高の気温を記録したが、サルタナはまるで気に留めていない様子だった。現在の話題は、常につきまとったジェンダーの問題に自分がどう向き合ってきたかということだ。

「(性別を区別しない)theyやthemっていう表現は気にならないけど、MissとかMa’am、Queen、あるいはWomanって形容されるのは嫌だ。自分は単に『人間』だって感じてるから。ただそれだけ」。サルタナはそう話す。「他人に対しても同じ見方をしているつもり。誰もが同じだけの能力を持ち合わせてるということ」

約5年前、サルタナは自身のジェンダーに関する内容をFacebookに投稿したが、そのポストはほどなくして削除された。ファンだけでなく、自分のことを知らない人々とそのテーマについて議論するために必要な覚悟は、そう簡単に養われるものではない。「パーソナルなことは、ソーシャルメディアで共有する必要なんてない」サルタナはそう話す。

服装やメイクは、サルタナにとってアイデンティティの肯定手段の一つだ。メイクは気の向いた時にだけしているというが、当日はそうではなかったようだ。2019年に、サルタナは正式にTaj Hendrix Sultanaに改名している。先日行われたZoomインタビューの際にも、画面にはその名前が表示されていた。



タッシュ・サルタナが表紙を飾った、ローリングストーン誌オーストラリア版(Cover photo by Giulia Giannini McGauran (AKA GG McG) for Rolling Stone Australia)

「社会は人々を型に押し込めようとする」短く乱暴なハンドジェスチャーで、サルタナは苛立ちを表現してみせる。「それは人々に政治や宗教をめぐる議論を促し、一部の人々を疎外することもある。それってすごく馬鹿げてると思う、生まれ持った生物学上の性に典型的な服を着たくない人だっているんだから。気が向いたらそういう服を着るかもしれないし、何も着たくない時だってあるかもしれない。そういうシステムはもう時代遅れだし、くだらないと思う」

タッシュ・サルタナの意見は的を射ている。近年では、ジェンダーに対する偏見が存在する旧態然とした社会構造の見直しが必要だと考える人が増え続けている。多くの人々が、その明確な線引きは今日の社会に不要だと主張し、過去の狭義な価値観に縛られて苦しんでいる人々の存在について強調している。

いずれにせよ、外見はタッシュ・サルタナにとって重要ではない。自身の体を神聖なものとして扱うサルタナはステージに立つ前に、ウォーターセラピーやスチーミング、ライトセラピー、瞑想、エッセンシャルオイル、漢方薬草などを用いた3時間におよぶ儀式を欠かさず行っている。当日も漢方薬草のハーブティーが入った、再利用可能なステンレススチールの水筒を持参していた。サルタナにとって肉体は大地との物理的接点であり、それ以上でも以下でもない。

Translated by Masaaki Yoshida

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