性差別だけではない「フェミニズムのニューウェイブ」を描いた映画

左:キャスリーン・ハンナ、右:エイミー・ポーラーとハドリー・ロビンソン(Photo by Getty Images, Netflix)



「ライオット・ガール」を進化させる

だが同時に、マチューの原作にも描かれているように、ヴィヴィアンと同級生たちがフェミニズムの可能性を進化させることも重要だった。ポーラー監督も言うように、彼女が演じる40代の役柄は「まだまだ学ぶべきことがたくさんあると、娘から教わることになる」

それこそが『モキシー』の肝だ。ライオット・ガール回帰や、レザージャケットでおしゃれしてZineを作ることだけでなく(もっとも、確かにそこが一番楽しい部分だが)、初期フェミニズムの過ちをなくすこと。主なところでいえば、当時の活動を支持していたのはおおむね白人女性だった。映画の中ではリサが90年代版のライオット・ガールの象徴として登場するが、ヴィヴィアンはいわば中間地点に立っている。若い白人女性として彼女が最初に試みた抗議は、男子からいやがらせを受ける女子、ダブルスタンダードといった自らの世界観に縛られていた。ストーリーが進むにつれ、彼女はそうした考え方の欠点に気づく――つまり、黒人の新しい友人ルーシーや親友でアジア系のクローディアのように、非白人女性が直面する独特の問題を排除している点だ。ヴィヴィアンは白人であるがゆえに、反乱から生じる数々の影響から守られる。だが、同じことが彼女の友人にも当てはまるとは限らない。

「この映画は性差別だけでなく、人種差別や特権についても触れているという点で重要だと思う」とロビンソンも言う。「とても様々な話題を取り上げている。いわばフェミニズムのニューウェイブね。長い戦いになるでしょうけど、今関わってる女の子たちは長期戦で臨んでいると思う」。とはいえ、彼女もフェミニストの先駆者たちの功績を認めている。「撮影を終えたとき、私がいたのは実は撮影セットじゃなく、周りの人からいろんなことを教えてもらえる修士課程だったような気がしたわ」

「『モキシー』のテーマはヴィヴィアンを超えて、他の人々も取り込まれていく」とポーラー監督も付け加えた。「抗議活動のなんたるかを象徴していると思う。主導権を握る人々や、自分たちに与えられたチャンスや特権を認識すること。90年代初期の私たち世代のフェミニストはその点を考慮に入れていなかった。自分たちが知っていることしか知らなかった。私たち世代は、もっと考えを改めるべきね。『モキシー』の登場人物も、交流不足だったこと、用語を誤って使っていたこと、文化を不当に独占していたことを語っている。今ならもっとうまくできるはずのことをね――若い世代はそれを直感的に理解している」

ハンナが若いオーディエンスに映画から何を学んでほしいのか――こうした枠組みの中に置かれた自分の楽曲から、何を受け止めてほしいのか? 「若い子たちが映画を通じて、ビキニ・キルや他のフェミニストバンドを聴くようになってくれたらうれしい。願わくば、その中の一部が『ふざけんな』と言って、曲を書いてくれたら最高ね」とハンナはローリングストーン誌に語った。

from Rolling Stone US

Translated by Akiko Kato

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