楽器をめぐる革新榎本:音楽産業のビジネスモデルとは別に、肝心の音楽そのものはテクノロジーによってそんなに変わっていません。なぜなら、ここ四半世紀でITは飛躍的に進みましたが、楽器自体を変えるものとしてそのテクノロジーを使えていないからです。ただ、歴史的にテクノロジーが楽器を変える瞬間は必ずある。僕の本の最後の方で触れていますが、たぶんIoTが楽器を変えると思います。ユーザーインターフェースのAIが追究されることで新しい楽器ができて、新しいメガトレンドが出てくると思います。そこは僕ももっと知りたいことですね。
これまでサンプラーやシンセサイザーが登場しましたが、キーボードであるとか、ユーザーインターフェースの部分は変わっていない。そこを変えるものができたら、新しい時代が始まるのではと。たとえば、物理モデルによって現実にはありえない楽器を想像して、それをバーチャル空間で音を鳴らすことはできますが、その可能性を引き出すインターフェースはまだありません。もしかしたら、手を使わないブレインユーザーインターフェースになるかもしれないですね。
小熊:そうなると面白いですよね。テクニックから解放されるわけですから。
若林:エレキギターやサンプラーの登場は一種の民主化で、それ以前は訓練を受けた人間しか楽器を演奏できなかったのが、新しい楽器によってそうではなくなったわけだよね。ただ、新しい楽器が広まっても、オリジナルの新しい音楽を作る方向に行くとは限らない。
榎本:僕、時々こういう夢を見るんです。音楽が鳴っていて、こういう感じがいいなって考えると、音楽がいい感じに変わるんですよ。そうやって夢の中で作曲らしきことをやって、感動して目が覚めると涙が流れていたりします。そんな風に、「強いAI」が誕生するとプロデューサー的な制作を誰でもできるようになるかもしれないですね。
小熊:音楽のいいところは、音楽を奏でられなくても、音楽というカルチャーに参加できるところです。たとえば、レビューを書くとか。先ほどのソーシャルエンターテインメントは、それに近いものではと。
若林:そうそう。グレイトフル・デッドのコミュニティではファンがライブテープをシェアする。K-POPはアーティストが投下するネタを元に動画を自分たちでつくったりしてコミュニケーションしていく。ファンが参加してカルチャーを作っているわけですよね。
榎本:インターネットの登場以降、ファンが「いいね」ボタンを押すだけになってしまったことに不満があります。若林さんのように言語化能力に長けていない限り、普通のリスナーは音楽の素晴らしさを言語化できないわけですが、ネットは基本的にテキストのコミュニケーションになってしまっている。でも優れた作品に触れて感じたことをラブレターのように文章化することは、我々みたいな一般人にはむずかしいから、すべてが「いいね」やスタンプに収斂していったんです。だから「リスナーが音楽を聴いて感じたことを、もっと豊かに表現できる仕組みはないのだろうか?」とずっと思っています。
VR技術が発達が進んだら、友だちとしゃべりながら音楽を聴いて、「いいよね」「そうだよね」と不完全な言語でも感覚を共有できる空間を作れるかもしれません。でも、スマートグラスのサイズや品質が、閾値を超えるまで難しいでしょう。それまでは映像ではなくて音でVRによるコミュニケーションを作る方向に行くのが、歴史的にも正しいかもしれませんね。クラブハウスのブームを見ていて、そう感じます。
本のタイトルにした「音楽が未来を連れてくる」というのは、映像よりもデータ的にもハード的にも軽い「音」からイノヴェーションは始まってきた、ということでもあるのです。
『音楽が未来を連れてくる』
榎本幹朗・著DU BOOKS
発売中
公式ページ:
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK284