これからの音楽業界を救う「ポストサブスク」 新しい方法論と日本はどう向き合うべきか?

iモードがもたらした転回

若林:この本には、iモードがローンチの記者会見を2回やった話が出てくるじゃないですか。1回目は鳴かず飛ばずで、2回目に広末涼子さんを投入して、女性がiモードの普及のドライヴァーになった。イノヴェーションはエンジニアドリヴンで、下手すると男性目線で語られてきたわけですが、女性主体で広まったことの好例ですよね。

榎本:広末涼子さんは高校生の頃にポケベルのCMに出演していました。ポケベルは元々業務連絡用の機械でしたが、それ以降女子高生たちがコミュニケーションに使い始めた。ポケベルによるコミュニケーションのアイコン的な存在になった広末涼子さんにiモードでもアイコンになってもらおう、とドコモは考えたわけです。


広末涼子が出演したiモードのCM

若林:今にして見れば、そこで起きた転換は、男性原理的な「コンテンツ空間」を、女性主導の「コミュニケーション空間」にスライドさせたように見えるんですね。iモードは、世界に先駆けてそれを提示したのかもしれない。受け手がサービスの構造を変えていく可能性があることは重要だと、改めて思いました。

たとえば、K-POPの受容のされ方と、ファンダムのテクノロジーの使い方やネットワーク化のされ方は、今までの男性的なファンのコンテンツ受容とは異なるプロトコルが作動していると思います。これは無理に「男性/女性」と言わなくてもいいんですが、垂直から水平、コンテンツからコミュニケーション、そういった価値軸の転換ですよね。

榎本:あるいは理性に対する感性、左脳に対する右脳とも言えるかもしれません。iPodはそれを使ってソニーのウォークマンに勝ちました。ジョブズは日本でiPodを売る戦略を元ソニーの前刀(禎明)さんに訊いて、ファッション路線で女性にターゲティングすることを提案された。それで、iPod miniやiPod Shuffleをファッションアイテムとして銀座のOLにターゲットしたら当たった。いわゆる感性マーケティングです。

若林:そこが、実は日本が得意な分野である可能性があるな、と本を読みながら思ったんですよね。日本はとかく「技術」が自分たちの得意分野だ、と思いがちですが、実はそこではないのかもな、と。

榎本:そうですね。イノヴェーションは「=技術革新」ではなく、「技術革新+クリエイティヴィティ」なんです。そのクリエイティヴィティの部分が「感性」というか。日本は女子学生やOL、おばさんがブームを起こすことが伝統的に多い。感性マーケティングに強い国ですが、その強みを忘れかけている気がします。

そこで、最終章で扱ったのが中国のポストサブスクです。

音楽はサブスクで先頭を切ったのですが、サブスク一辺倒。だけど、ゲーム業界にはサブスクもパッケージもあって、スマホゲームには都度課金=マイクロペイメントもある。多様なビジネスモデルを作っていて、ゲーム業界は音楽産業をリープフロッグしていた。そこで、音楽サブスクへの「プラスアルファ」は、スマホゲームが成功させたマイクロペイメント=都度課金になるだろうと僕は思っていました。中国の音楽サブスクはこれを実現したんですね。

中国のテンセント・ミュージックという巨大音楽企業の売上は、3割が広告やサブスクで、Spotifyと同じビジネスモデルです。ですが、「ソーシャルエンターテインメント」なるものが70%の売上を占めています。中身は、日本では「投げ銭」、英語では「ギフティング」と呼ばれるものでした。つまり、かわいい女の子がカラオケで歌って、フォロワーたちがギフティングで貢ぐ、という仕組みがサブスクと結びついているのです。


〈中国版SpotifyのTencent、米国株式市場へ上場〉より(Photo by Spencer Platt/Getty Images)

小熊:現在の音楽業界ではあまり見ないですよね。

榎本:日本ではメジャーアーティストのカラオケ音源で「歌ってみた」をやったら怒られますし、稼いだら裁判になる。中国は著作権管理が甘いので、素人がカラオケ音源で歌って視聴者がギフティングするビジネスができた。

きっかけは「YY」というゲームのライブ配信サイト/チャットルームでした。2012年頃、社内で調査をしたら、ゲームの話をせずに、かわいい女の子がカラオケをやって視聴者がそれを見ている、という状態だった。それで、試しにバーチャルカラオケコンテストのチケットを会員向けに無料で配ったら、チケットがオークションサイトで高額で売買されていた。お気に入りの女の子を優勝させるために投票権を買いたいユーザーがいたわけですね。それで、「これはいけるんじゃないか」と中国人たちが気が付いた。日本のLINEスタンプを真似て、プレゼントに贈るスタンプを売ったんですね。あまり大きい金額が動くと共産党政府に怒られるかもしれないので、1回あたりの上限を200万円にした。200万円を投げ銭するユーザーはいないだろうと考えていたら、それがたくさんいたと。

若林:すごいな……。

榎本:そこから「ソーシャルカラオケ」のブームが始まった。中国のサブスクアプリを立ち上げると、ニコニコ動画のように文字がジャケットの上を流れます。その後ろにLINEスタンプみたいなものが付いていて、それを売っているわけです。

しかも、プレゼントのボタンが再生ボタンより目立つように置いてあって、その次にマイクのボタンがある。マイクのボタンを押すとアプリがボーカルをカットしてくれるので、自分で歌ってアップロードして友だちとシェアできる。友だちは、それに対してギフティングする。

これにハマったのが地方都市の50、60代のおばちゃんたちでした。あるおばちゃんが歌って、友だちのおばちゃんが「すごい」と換金可能なギフティングのスタンプを互いに贈り合うと。この状況は予想外ですね。


「YY」ホームページより

若林:カラオケは最初からソーシャルなものであると。コミュニケーションとして音楽を使う、という。

榎本:着うたもそうで、つまり、音楽を使って遊ぶということですね。音楽産業は今まで「音楽を聴く」ことをマネタイズするために、著作権や原盤権を使ってきました。CDもサブスクもそうです。けれど、これからは著作権や原盤権が「音楽でコミュニケーションする」のをどんどん活性化させる方向に行かなければならない。これもポストサブスクの流れです。

しかも歴史を振り返れば、その大本は日本が生み出したんですよ。カラオケって日本の発明ですし、90年代のCD黄金時代は、シングルを買ってカラオケの練習をして、みんなで集まってカラオケ歌う、という仕組みがあった。それをデジタルでやったのが中国です。この中国のギフティングについて、ゴールドマン・サックス証券のアナリストが「AKB48の握手券商法のデジタル版だ」と言っています。そういうビジネスモデルを作ったのも日本だったはずです。

僕が提案しているのは、「これを合法的にやりましょう」ということ。合法的にやることで、レコード会社とアーティストに売上が配分される。中国はサブスクにC to Cを導入するということを発明した訳です――友だちどうし、素人とファンがお金のやり取りをするというカスタムですが、もし日本でやるなら原盤権を処理する必要があります。たとえば、カラオケ音源を使って歌って利益を上げたら、その3割を配信業者へ、3割をレコード会社へ、4割を歌い手に配分する。僕はそういう提案をしています。

先ほどの「かわいい女の子に200万円を投げ銭する」というのは、正直に言って品のない話です。ただ、その本質は重要です。人間は、応援したいものに対してお金を払いたい、助けたいんですよ。だから、それがアーティストであってもいい。そもそもアーティストはそういう職業ですから、それを有効に使えばいいんです。

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE