これからの音楽業界を救う「ポストサブスク」 新しい方法論と日本はどう向き合うべきか?

技術=イノヴェーションではない

若林:この本で一番伝えたかったメッセージは、強いて言えばどういうことでしょう。

榎本:音楽産業には何度も危機が訪れていますが、イノヴェーションによって乗り越えている、ということです。

音楽産業は今、パンデミックで最もダメージを受けている産業の一つですよね。でも、歴史を振り返ると、新しいものを作ることで必ず乗り越えている。文化産業の中でも音楽が最初に酷い目に遭うので、音楽産業の危機は常に前例がないから、自分で新しい答えを作っていくしかなかったんです。今の危機に対する新しい答え――僕はそれを「ポストサブスク」と呼んでいます――を音楽産業が作ろうとしているんですね。その例を最終章に載せています。

世界でSpotifyが流行っているからと日本も真似をして追従しましたが、そういうマインドでは新しい答えを作れません。僕は2012年からサブスクの旗振り役をやりながらも、日本の問題はサブスクだけでは解決しないとも言ってきました。「サブスク+αを作っていきませんか」と訴えていたのですが、ずっとスルーされていました。


〈音楽業界の未来、実はストリーミングではなくSNSが重要〉より(Photo by Griffin Lotz)

若林:この本では、70年代後半から80年代にかけてソニーが果たした役割や、iモードにおける着メロから着うたへの変遷を通して、日本の先進性についても熱を込めて語られていますよね。

榎本:おっしゃるとおり、もうひとつのテーマは「日本」です。欧米の音楽産業はサブスクで黄金時代を取り戻せるかもしれませんが、日本には再販制度があってCDの値段が高いので他国と差がある。さらに欧州の月額10ユーロ(1300円)と比べて月額980円と低くなっている。これを埋める新しいモデルを作ることが、日本に課された責務です。

ただ、日本はアメリカにも中国にも負けた、自分たちはもう新しいものを作れないと思い込んで、心が折れている状態です。でも、携帯ラジオやウォークマン、CDを生み出して世界の音楽産業を変えたのは日本のソニーでしたし、サブスクブームを作ったiPhoneが誕生したきっかけも日本でした。

パソコンで利用するインターネットは基本的に無料サービスの世界ですが、スマホでは有料サービスが通用する。その先駆けがiモードなんです。日本人は「ガラケー」と自虐していますが、日本のケータイは欧米で初期スマートフォンに分類されています。

さらに、iモードって月額300円のサブスクですよね。iモードは『とらばーゆ』の元編集長・松永真理さんが雑誌のビジネスモデルを応用して始めたもので、都度課金もやりたいと「着うた」を作ったのがソニーミュージックの今野(敏博)さんです。モバイルで音楽配信をやる「音楽携帯」「ウォークマン携帯」でiPodやiTunesに勝とうとしたのがソニーの戦略でした。実際、日本のiTunes Storeの売上は着うたの20分の1だったので勝っていました。日本はすでにiモードの時点で「サブスク+α」すら実現していたんですよ。

この日本での敗戦が世界中に広がりかねないと、ジョブズが危機感を持ち、「携帯を作ろう」と考えて生まれたのがiPhoneでした。日本はモバイルとモバイルコンテンツを切り開いたのでモバイル先進国と呼ばれていましたが、それに対してリープフロッグを仕掛けたのがジョブズだった。

この流れは全て技術的なロードマップに沿って起きていました。まず携帯電話の第1世代(1G)はアナログ配信でした。ここでアメリカが携帯電話を生んだ。第2世代(2G)はデジタル化で文字や画像が携帯電話で扱えるようになり、ここで日本のドコモがiモードを生み、モバイルとインターネットを結びつけて、アメリカにリープフロッグを仕掛けました。

第3世代(3G)は携帯電話のブロードバンド化だったのですが、初期はまだ動画を扱えるほど回線が太くなかったので、まず音楽、着うたでドコモにリープフロッグを仕掛けたのがauでした。auと組んだソニーはそのまま音楽ケータイで、iPodにもリープフロッグを仕掛けようとしていた。

しかし技術ロードマップは3Gの後期に差し掛かり、動画も携帯電話で見られる時期に入ろうとしていました。さらにCPUも、ノートパソコンよりも小さなデヴァイスが実現できるまでに、省電力化が進んだ。このCPUと通信速度の技術ロードマップの両方を使って、日本のエレクトロニクス産業にリープフロッグを仕掛けたのが、ジョブズのiPhoneだった訳です。

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