21世紀の移民女性を描いた映画『ノマドランド』が伝える、愛とともに彷徨いつづける生き方

『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド(Photo by SEARCHLIGHT PICTURES / (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

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ジャオ監督の2017年の映画『ザ・ライダー』には、主人公の引退したロデオライダーを演じたブレイディ・ジャンドローと彼の家族や友人をはじめ、プロの俳優はひとりも出演していない。演者はすべて、サウスダコタ州の先住民居留地・パインリッジ・リザベーションで暮らすラコタ族の人たちだ。『ザ・ライダー』は、ジャンドローと同じような物語(ジャンドローが各国の映画祭で注目映画のスター俳優としてブレイクするという点を除いて)を抱えるラコタ族の人たち全員を巻き込んだ作品である。『アリ/ザ・グレーテスト』(1977)に本人役で登場したモハメド・アリのように、ビックリハウスの鏡みたいに事実が歪められた映画に出演するのは、さぞかし変な気分だろう。同作は、アリがボクシング選手として頭角を現していく姿と、1960年のオリンピック以後のアリを神話化して描いており、ご存知のとおり、クライマックスはアリが制した“キンシャサの奇跡”だ。それとは対照的に、『ザ・ライダー』は事故で頭に大怪我を負ってロデオライダーとしての道を断たれたヒーロー/チャンピオンという、実在のジャンドローの物語である。そこには演じなければならない“キンシャサの奇跡”のような英雄的なシーンもなければ、主人公がいなくなっても生き続けるチャンピオン神話も存在しない。映画が上映される頃には、ジャンドローにとってはもはや過去の出来事なのだ。それでもジャオ監督は、別の形の神話で私たちを圧倒する。その神話とは、アメリカ西部の美しさと可能性だ。それらは数多くの映画や伝説によってアメリカの象徴であると同時に馴染み深いものとして守られてきた一方、そこでの現実はもはや夢とは程遠いものになってしまった。


クロエ・ジャオ監督(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

『ザ・ライダー』はウエスタン映画だが、『ノマドランド』は違う。それでも両者は、リアルな生活が営まれている場所というコンセプトの先を見つめようとしている。『ノマドランド』でジャオ監督は、俳優業を本業としない見事なキャストたち(各自が本人役で登場)のおかげでノンフィクションを極めてリアルなドラマに変えるという融和の技法をまたもや拠り所としている。それによって刺激的かつ説得力があることはもとより、危なげで好奇心をそそられる、健全な実験的作品にふさわしい映画に仕上がったのだ。こうした取り組みの中でブルーダーの著書という手引書を得た予期せぬメリットは、劇中で出会う何人かの登場人物が読者には馴染みのある存在であるという点だ。本作には、リンダ・メイがいつも陽気なリンダとして、シャーリーン・スワンキーがスワンキーとして、ボブ・ウェルズが、ボブという還暦そこそこのネットの世界の有名人が登場する。ボブが立ち上げたYouTubeチャンネル「CheapRVLiving(安上がりRV生活)」は、RV車やトレーラーで移動をつづけ、好きか嫌いかはさておき、ノマド(遊牧民)として生きる人たちの情報源だ。


リンダ・メイ(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

そんな彼らにまぎれて放浪の生活を送る大物女優がいる。フランシス・マクドーマンド扮するファーンは未亡人で、かつてはエンパイアと呼ばれた街の出身者だ。道中で出会うベテランのノマドとは異なり、ファーンは新参者だ。つまるところ『ノマドランド』は人生の断片を描いた作品であり、季節ごとに主人公が経験するありとあらゆる出来事がひとりの女性の視点を通じて描かれているのだ。ファーンの家は、彼女が“ヴァンガード”と呼ぶRV車だ。彼女がノマドになる前に属していた社会的階級の人たちは、ファーンの運命がみじめなものだと一方的に考える。だが教員だったファーンは、かつての教え子に対して「ホームレスじゃなくて——“ハウスレス”——別物よ」ときっぱり言い放つ。

もしかしたらあなたは、“違い”に焦点を当てた映画を期待するかもしれない。これほど冒険的なテーマを扱う映画が遊び心のある“気づき”を瞬時にもたらしてくれると想像するかもしれない。『ノマドランド』は決して喜びとは無縁の映画ではないものの、遊び心のある映画ではない。その多くは、劇中のすべてのノマドがベビーブーム世代という特定の年齢層に属す高齢者だという点にある。ブルーダーの著書によると、彼らのほとんどは2008年のリーマンショックの犠牲者なのだ。主人公のファーンもそのひとりである。マクドーマンド扮するファーンは人情深く頼れる存在だ。マクドーマンドは人生を一生懸命生き、思い出や必要性から来る切望を抱えた女性を見事に演じている。だが彼女がアメリカをさまようのは、必ずしも感情だけが原因ではない。ほかの人たち同様、ファーンは仕事を求めて次の現場に移動するのだ。仕事がなくなれば荷造りをし、ノマドという生き方とは切っても切り離せない長い道のりに身を投じる。ファーンからは後悔というものがみじんも感じられないのが重要な点だ。

Translated by Shoko Natori

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