Netflix『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』知られざる生身の姿で綴るドキュメンタリー

本作の最大の魅力は、90年代初頭のブルックリンにおけるドラッグ売買の実情が極めてリアルに描かれている点だろう。ありがちなラップ神話に終わらない本作で、視聴者はビギーが生きていた当時の現実を垣間見ることができる。この切り口は、これまでの作品には見られなかったものだ。アメリカ国内におけるクラックの蔓延から生まれた当時のラップシーンに対する世間の認識の大部分は、欲望が渦巻くストリートで頂点に上り詰めた筋金入りのドラッグディーラーという、誇張気味なイメージに基づいている。だが本作が慎重に明らかにしようとする真実は、それほど単純なものではない。当時その地域で暮らしていたキッズたちにとって、ドラッグの売買はコミュニティに帰属するための手段だった。そのタブーを避けることで大衆的な作品にするのではなく、本作は極めてシリアスなアプローチで、そのトピックをアメリカ史の一部として扱っている。Big OことOlie、そして彼の叔父のI-Godというブラウンズビルのキープレイヤーたちの口から語られるエピソードは、ビギーのドラッグビジネスへの参入から引退までのストーリーに歴史的背景を添えている。

ブルックリンのベッドフォード=スタイブサントの当時の映像には、どこか亡霊めいた雰囲気が漂う。ストリートの一角で幅を利かせている若き日のビギーを捉えたアナログ映像からは、当時急速に進められていた再開発の圧迫感が伝わってくる。彼らが住処としていたブロックと、彼らが支配していた世界を可視化する目的で、本作では画像処理効果が多く使用されている。筆者の印象に最も強く残ったのは、1992年5月24日に撮影された、若き日のクリストファー・ウォレスのブルックリンでのパフォーマンス映像だ。「Party and Bullshit」のリリースに先駆けて行われたもので、そのスキルはまだ荒削りな部分を残している。約20年先の未来にいる我々は、切迫感に満ちたそのパフォーマンスから、彼がいかに類い稀な才能の持ち主であったかを容易に知ることができる。

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本作のオープニングとエンディングを飾る、彼の葬式を空中から撮影したアーカイブ映像は悲しみを喚起すると同時に、本作の視点が他の作品とは異なることを改めて強調している。壁画やTシャツなど、今なお彼の影響を強く感じさせるものが我々の周囲には溢れている。『ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–』で視聴者が目にするものの大半は、彼の存在によって人生が大きく変化した人々の顔だ。そのアプローチ自体は、掘り尽くされたように思える文化的財産に新たな光を当てようとする多くのドキュメンタリー作品と大きくは変わらない。だが本作が提示するのは、我々が既によく知っているノトーリアス・B.I.G.像ではなく、その背後にある生身の彼の姿なのだ。


ノトーリアス・B.I.G. –伝えたいこと–

From Rolling Stone US.

Translated by Masaaki Yoshida

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