ジュリアン・ベイカーが学び続ける理由 現代最高峰のソングライターが語る紆余曲折

「あの頃は酷かった」転落から再生まで

2ndアルバム『Turn Out the Lights』の制作中に彼女は、「『Sprained Ankle』の曲をかけながら、神学や哲学や政治的イデオロギーを身に付けるために本を読み漁った」という。「私にとっては全く未知の世界だった。例えば“利他主義”とは何か、といった広いテーマについて深く考えるようになった。まるで『グッド・プレイス』(テレビシリーズ)の登場人物チディが抱える疑問のようだ」と語る彼女だが、「私の人生における出来事が、自分の世界を狭くしていた」という。

2019年7月を最後に、ベイカーは正式なライヴを行なっていない。また、ボーイジーニアス名義のEP『Boygenius』のリリースに合わせてツアーした2018年の秋以降は、公の場に出ていない。ボーイジーニアスは、フィービー・ブリジャーズやルーシー・ダッカスと組んだインディースーパーグループだ。

「もう2年も経つのね。あの頃は本当にいろいろあった」とベイカーは言う。「とにかく、いい1年だったとは言えない。2019年は酷かった」


ボーイジーニアス、NPR「Music Tiny Desk Concert」でのパフォーマンス。『Little Oblivions』収録の「Favor」には、盟友フィービー・ブリジャーズとルーシー・ダッカスが参加。

2018年11年から彼女は、一気に坂を転げ落ちていった。「自転車をゆっくりと漕いでいるようなもの」と彼女は表現する。「勢いが落ちた途端にグラグラし始める」

ちょうどその頃ベイカーは、GQ誌の2019年1月の記事に、スティーヴン・タイラーやジェイソン・イズベルらと共に取り上げられた。ドラッグやアルコール問題とクリエイティビティをテーマにしたインタビュー記事だった。

「あの時はタイミングが悪かった」と彼女は、気まずそうに笑いながら振り返る。

ベイカーにとって、隠しておきたい過去を振り返るのは辛いことだ。プレティーン時代の個人的なドラッグの問題が、彼女曰く「ノベライズ化」してしまうリスクを、当然ながら警戒している。ドラッグやアルコールの複雑な問題を抱えたアーティストのエピソードは美化されて、アルバムのプロモーション時の話題にされがちだ。「放蕩娘のよくある贖罪の話に仕立て上げられたくない」と彼女は言う。

それでも彼女は、過去の出来事を過度に隠そうとする危険性もよく承知している。「メンタル的な問題を曖昧にしたストーリーを仕立てるために、何かを隠し立てしたくない」と話す。

そしてベイカーは、自分のできることを説明し始めた。2018年後半に行われたボーイジーニアスの一連のコンサート以降は、20代初めの「とてもネガティブに過ごした」ツアーで積み重なったストレスに対処していたという。

「私自身が対処してこなかったものがどれほどあるのか、全く理解していなかった。また自分のネガティブな対処メカニズムが、更なる問題を生み出すことにも気付かなかった」とベイカーは続ける。「私に関わる全てを見直した。ドラッグとの関係、アルコールやドラッグから離れたストレートエッジとしてのアイデンティティ、そしてそれらの違いや意義について考えた。とても難しいプロセスで、それまでの私は上手く対処していなかった」

自分は問題を克服した人間である、と国民的な媒体で示したことで、「足を踏み外しやすい自分の性格と向き合えた。これにはとても誇りを持てた。私の場合は一から見直して、対処する方法を見つけなければならなかった」と彼女は振り返る。

彼女はまた、ストーリーの中で自分の過去をどう語るかによって、自分がただやり過ごそうとし始めていた考え方を強める結果となることを学んだ。「私としては、“古い私から新しい私へという、今に至るまでのはっきりとした道筋について、自信満々に話した”つもりだった。“あれは君ではなかった”と人から言われても、よく分からない。友人たちに対する当時の全ての迷惑行為は私の仕業ではない、と言いたいところだけれど、実際は違う」

ベイカーにとっては、根本的に自己を見直す新たなきっかけとなった。2019年1月はちょうど、『Little Oblivions』向けの楽曲を作り始めた頃だ。「自分が正しいと確信していることを曲げるのは難しい」と彼女は言う。「例えば『Turn Out the Lights』の曲の大半は、自分の中で向き合う二つの部分に大きく分けられる。一方は敵対する部分で、他方は、素晴らしく理想的な部分だ。どちらも同じ一人の人間の性質であることを理解しなければならない。ネガティブな部分を克服して抑え込もうとするのでなく、もっと寛大に自分自身の性質として受け入れるべきだ」

Translated by Smokva Tokyo

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