パット・メセニーの新境地は「弾かない」 伝説的ギタリストが挑む音楽家としての究極

パット・メセニー(Courtesy of Silent Trade)

パット・メセニーがニューアルバム『Road To The Sun』をリリースした。世界最高峰のギタリストとして名を馳せてきた彼だが、ここでは現代作曲家としての可能性を探究。66歳となった今も前進を続けるメセニーの新境地を、ジャズ評論家の柳樂光隆が解説する。


斬新なコンセプトと新興レーベルの関係

パット・メセニーほど、偉大且つポピュラリティーを獲得しているジャズ・ミュージシャンはそれほどいないだろう。数々の名盤を生み出し、グラミー賞を始め、数えきれないほどの栄誉を手にしてきた。

『American Garage』『As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls』『Offramp』『Still Life (Talking)』『Beyond The Missouri Sky (Short Stories)』『Metheny Mehldau』『Bright Size Life』『80/81』など、傑作を挙げればきりがないが、そういった一般的な代表作もメセニーのキャリアのほんの一部に過ぎない。彼はあらゆる編成で、様々なミュージシャンと共演しながら作品を録音してきたし、その中にはかなり異質なチャレンジが度々あった。そのチャレンジの中には新たな機材やテクノロジーへの関心もあれば、新たな才能への興味もあった。メセニーは常に好奇心旺盛だった。

昨年に発表した『From This Place』では近年のメセニー作品に欠かせない相棒でもあるドラマーのアントニオ・サンチェスをはじめ、ベーシストのリンダ・オー、ピアニストのギレルモ・シムコックといった新鋭を中心としたバンドに加え、ハリウッド・スタジオ交響楽団、更にはミシェル・ンデゲオチェロのヴォーカルが加わるという壮大な作品だった。メセニーのチャレンジ精神は近年も留まることを知らない。



そんなメセニーは、2021年のニューアルバム『Road To the Sun』でまたもや新たなチャレンジをしている。まず本作はこれまでリリースしてきたノンサッチからではなく、BMGが2020年に立ち上げた新たなレーベルのModern Recordingsからリリースしていることに触れないわけにはいかない。

このレーベルのサイトを見ると、「Dedicated to new classical, jazz, and electronic music」と書いてある。所属しているのはクレイグ・アームストロングやロボット・コックといったエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーや、テイラー・スウィフトやノラ・ジョーンズ、もしくはニコ・ミューリーなどとの共作でも知られるピアニストのトーマス・バートレット、ジャズ・トランぺッターのニルス・ペッター・モルヴェルなど様々だ。



このレーベルを指揮するクリスチャン・ケラーズマンが、以前はドイツ・グラモフォンでマックス・リヒターともにヴィヴァルディなどのクラシックの名曲をエレクトロニクスなどを駆使して再構築する作品群などを手掛けていた人物だとわかると、このレーベルの全貌が少しはっきりしてくるはずだ。Modern Recordingsはエレクトロニック・ミュージック以降の新しいクラシック音楽とでもいうべきポスト・クラシカルなども視野に入れたクラシックやジャズ、エレクトロニカなどの現代的なハイブリッドを提示するレーベル、と言ってもいいのかもしれない。



そのラインナップに名を連ねることになる『Road To the Sun』は、これまでのメセニーの作品とは一線を画したものだ。まず、メセニーは最後の1曲「Fur Alina」以外はほとんど演奏していない。ここでのメセニーの役割は「作曲家」だ。ちなみに唯一演奏してるその曲は、ECMでの作品でも知られる作曲家アルヴォ・ペルトの楽曲にメセニーがアレンジを施したもので、その前の2つの組曲とは明らかに毛色が異なる。おまけみたいなものと言ってもいいだろう。



そして、このアルバムのメインとなる2つの組曲を演奏するのはジャズ・ミュージシャンではない。「Four Paths of Light」を演奏するのはギタリストのジェイソン・ヴィーオ、「Road To The Sun」を演奏するのはロサンゼルス・ギター・カルテットで、ともにグラミー賞受賞歴のある現代屈指のギタリストたちだが、ジャズではなくクラシック音楽の領域で活動をするミュージシャンで、どちらもアコースティックギターのみを用いてる。つまり、ここでメセニーはクラシックのギタリストのために、アコースティックのギターで奏でるための組曲を作曲家として書き下ろし、みずからは演奏をしていない、ということになる。

『Road To the Sun』はジャズ・ギタリスト/作曲家が、クラシックのギタリストのために書いた組曲が収録されたアルバムということなり、そのジャズともクラシックともいえないコンセプトはModern Recordingsと言うレーベルの理念と合致している。

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