岡林信康とともにフォークの神様と呼ばれた当時を振り返る

岡林信康



田家:今週は第2回、1969年に発足したURCレコード、その後に移籍した1973年からのCBSソニー時代。アルバムで言うと、『わたしを断罪せよ』、『見るまえに跳べ』、『俺ら いちぬけた』がURCでの3枚、CBSソニーでは、『金色のライオン』、『誰ぞこの子に愛の手を』の2枚です。先週の話は、ビクターからのデビュー曲「友よ」で終わっておりました。続きからお聴きいただきます。曲はURCでの1枚目のアルバム『わたしを断罪せよ』の中の「友よ」をお聴きください。

(インタビュー)

田家:先週は「友よ」の話で終わっているんですが、この曲には色々な思い出がおありになるでしょうね。

岡林信康(以下、岡林):あの歌ほど色々な解釈や味わいをされたことはなくて。それはある意味で歌の理想だと思う。学生運動のデモ行進の行進曲になったり、北海道のある駐屯地では隊員の愛唱歌になっていた。右と左の人があの歌を好きになってくれたし、かたや政治に興味のない若い人たちがキャンプファイヤーを囲んで歌ったり。

田家:青春の歌ですね。

岡林:俺は歌ってそういうもんやと思うし、その人なりの自由な感受性で味わって歌ってもらえたらいいと思うんだけど。でも、あんたはどちら側の人間なんだ? って言われたりして嫌になってきて、あの歌をずっと歌わなかったのよ。それとあの歌は、夜明けが来て新しい朝が始まれば、すべての問題は解決してバラ色になるという幻想がある気がして。でも、そうじゃなくて夜が明けても黄昏は来て、また夜になる。朝はまた来る。それを何回も繰り返すのが人生という旅だ、という気持ちもあったので。今回のアルバムに収録されている「友よ、この旅を」は、「友よ」の補足というか。

田家:アンサーソングのようなものなんですね。

岡林:ある人が「岡林さん、今回の『友よ、この旅を』で昔の『友よ』を成仏させましたね」と言っていて。良い言い方だと思って、使わせてもらおうかと。



(スタジオ)

田家:1969年に発売のURCでの1枚目のアルバム『わたしを断罪せよ』の中の「友よ」です。僕自身、健康的な明るい歌を歌えるような状況ではなかったと言っていましたが、そういう時代がありました。そんな希望的な歌を歌える世の中ではなかった。夜明けというのは1日の時間の流れでは必ず来るものですが、もっと色々な意味で使われた。“日本の夜明け”や“世の中の夜明け”みたいな意味ですね。岡林さんがこの曲で「夜明けが近い」と歌ったことで、幻想を振りまいている。そんなに状況は楽観的ではない、簡単に「夜明け」なんか来ないんだ、と批判されたんですね。本人には何の罪もないんですが、そういう時代だったんです。今回の新作アルバム『復活の朝』には、続編のような「友よ、この旅を」が入っていて、「友よ」を成仏させたと。どう成仏させたのかは、アルバムをお楽しみください。

Rolling Stone Japan 編集部

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