細野晴臣の50年間に及ぶルーツ ノンフィクション本とともに読み解く

『細野晴臣と彼らの時代』


田家:その中でYMOが結成された。こうして改めて辿り直すと、YMOが違って聞こえるのではないかということで、門間さんが選ばれたのはこの曲です。1978年のYMOの1stアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』から「ファイアークラッカー」。



田家:この曲を選ばれたのは?

門間:やはりエキゾチックサウンドを感じますよね。元々マーティン・バリーの曲ですが、これをエレクトリック・チャンキー・ディスコとしてプレイしたいというのがYMO結成当初のコンセプトだったりもしたので、YMOについてはここから始めざるを得ないのかなと。

田家:最初は林立夫さんと佐藤博さんと3人でこの「ファイアークラッカー」を演奏するという構想もあった、と260ページに書かれていますね。

門間:元々は高橋幸宏さんでも坂本龍一さんでもなくて、林立夫さんとマナさんという女性ボーカルを加えるという案もありましたけど、全然違うところからスタートしていたんですね。ただ、林立夫さんに断られるところからスタートしていて。実は細野さんの歴史っていうのは、明確なコンセプトはあるものの、結局自分の思い通りにいかないことが多くて。YMOに関しても、当初のイメージしたものから変わっていますし。

田家:はっぴいえんどもそうですね。

門間:だから、そこら辺がむしろ細野さんのイメージを超えて、音楽性を広げていった、広がっていった要因なのかなという気もしますね。

Rolling Stone Japan 編集部

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