常田大希が語る「祈り」の真意

常田大希(Photo by Masato Moriyama)



「ここ数年、あんまり音楽を聴かなかった」

―サウンドメイクに関しては、今作を作る中でなにか考えるきっかけやアイデアの種となるような音楽やアーティストってありました?

常田:いや。ここ数年、あんまり音楽を聴かなかったです。なので外からの影響はあまりなかったですね。それよりは、今までの来た道の精度を高めるみたいな方向でした。

―なるほど。最初に「ポップな仕上がりを意識した」とおっしゃってましたけど、それはなぜ?

常田:やっぱり、自分はポップアートなアーティストだなっていう認識があるからですかね。J-POPのアーティストだという認識は自分ではないんですけど。でもやっぱり、もともと持ってる資質としては、アートの区分でいうとポップなものが好きなので。自分はポップアートをやってるんだっていう認識は、年々しっかり持ってきていますね。

―ポップアートって、たとえば、その代名詞的存在であるアンディ・ウォーホルだって、評価する人ももちろんいるけど否定をする人もいるわけで。ポップアートってそういう価値のものでもあると思うんですけど、常田さんがポップアートを目指すのはどうしてでしょう。

常田:やっぱり、音楽やアートにまったく縁がないような人にもサプライズを起こしたいという想いがあります。そういうものってやっぱり、いくら過激なものでもポップの性質を孕んでくるので。自分の中でそういう物差しはありますね。

―King Gnuは大衆に届くもの、millennium paradeはアートの追究、というイメージがあったけれど、それで言うと、King Gnuでやろうとしてることとミレパでやろうとしてることって、近づいてきてる?

常田:近づいてきてますね。ただ、King GnuのほうはJ-POPというものが一個大きな軸、キーになってますかね。ミレパはもっと広い意味でのポップアートというものと向き合ってる感じがする。

―「三文小説」は、J-POPだけど、J-POPじゃないですけど(笑)。

常田:ちょっとズレていっちゃってますかね、年々(笑)。最近渋すぎるというか、硬派すぎる感じが……もうちょっとチャラくいきたいです、King Gnuは(笑)。

―あははは(笑)。いや、「三文小説」は素晴らしいラブソングだと思ってますよ。



―『THE MILLENNIUM PARADE』の話に戻すと、今回、文武さんの功績、進化がすごいんじゃないかという気がしたんですけど、いかがですか?

常田:いやあ、本当に助けられてますね、文武には。

―どう助けられてますか?

常田:彼の音楽家としてのバランス感覚もそうだけど。関係もすごく長いので、俺が今回どういう音像にしていきたいのかとか、どういう曲にしたいのかを、汲んだ上で彼が自分のアプローチで応えてくれる。本当に重要人物ですね。

―このアルバムがリリースされるといろんな人が語りたがると思うんですけど、語りきらせないアルバムだなという気もして……。

常田:ジャンル分けがしにくいというか。

―そうそう。4つや5つのジャンルの言葉を並べても説明しきれないというか。

常田:ルーツがピンポイントに見えない、見えにくいとは思いますね。

―まさに。常田さんの膨大なルーツもあるし、文武さん、石若駿さん、お兄さんである俊太郎さんなど関わっているミュージシャン全員が膨大なルーツを持っていて、それらが1枚のアルバムになってるから、アーティストの固有名詞を5、6個挙げただけで語りきらせるようなアルバムではまったくないなと思って。

常田:そうですね、それは結構特徴かもしれないですね。俺の作品全般に言えることですけど。ピンポイントなルーツが見えにくい構造に、結果的になっているというか。

―そうした結果、唯一無二な音楽ができあがる。

常田:そう、そこを作るためにやってるので。自分の作品ですけど、本当にいろんな角度から捉えたいので。手法も、本当に1曲ずつ違うし。ひとつの方法論で上手くいったら、次やる曲ではその方法論を取らない。そういうような、自分への裏切りは毎回トライしようとしていますね。

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