昨年7月に91歳で逝去した映画音楽界の巨匠エンニオ・モリコーネ。『ニュー・シネマ・パラダイス』や『海の上のピアニスト』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など映画史に残る名画のスコアを数多く手がけた彼の、美しくもどこか奇妙な響きを持つメロディはきっと誰もが一度は耳にしたことがあるはずだ。
そんな彼が、60年代から80年代にかけて残してきた実験的かつサイケデリックな楽曲のみを選りすぐったユニークなコンピレーション『モリコーネの秘密』が、昨年10月にリリースされ話題になっている。
クエンティン・タランティーノやハンス・ジマー、ゲームクリエイターの小島秀夫ら多岐にわたる著名人にインスピレーションを与え続けてきたモリコーネ。その音楽的な魅力について、WONKの江﨑文武はどのように捉えているのだろうか。自身も映画『なつやすみの巨匠』のスコアを手がけ、メンバーとして参加するmillennium paradeでは『攻殻機動隊SAC_2045』のオープニングテーマを担当。幼少の頃からモリコーネを繰り返し聴いていたという彼に、その魅力をたっぷりと語ってもらった。
さらに記事の後半では、モリコーネの息子である音楽家アンドレア・モリコーネと、その兄マルコへのメールインタビューをお届けする。こちらの質問作成も江﨑が担当。「もう父がいないなんて寂しい」と語る2人が、親子ならではの貴重なエピソードを明かしてくれた。
江﨑が小学生時代に魅了されたモリコーネ作品
─まずは江﨑さんの、モリコーネ作品との出会いについて聞かせてもらえますか?
江﨑:最初の出会いは小学生の時に見たテレビCMだったと思います。保険会社のCMに映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のメインテーマが起用されていて、あまりにも美しい旋律に魅了されましたね。
─モリコーネ作品の、どんなところに魅力を感じますか?
江﨑:圧倒的に美しいメロディと、メロディを引き立てる上品なハーモニー。ただご本人が、「いつもメロディのことばかり取り上げられるのでうんざり」といった言葉を残されているように、作曲家としてトータルの能力、つまりメロディを書く力やハーモニーを添える力、そして全体を俯瞰し編曲する力がそもそもずば抜けて高いことが前提であって、そのベーシックな力があってこそ「美しいメロディ」や「上品なハーモニー」が引き立つのだと思います。
─モリコーネのインタビューや伝記など、かなり読み込んでいるとお見受けしますが、江﨑さんが特に感銘を受けた彼のエピソードというと?
江﨑:早寝早起きの生活サイクルを曲げずに作曲に向かっていたことと、愛妻家であったこと。僕は未婚なので、後者に関してはまだ難しいですが(笑)、今後とも見習っていきたいなと思います。彼の音楽に通底している優しさは、こうした丁寧な暮らしがもたらしている部分もあるのかなとも思いますね。
江﨑が読み解く、モリコーネのメロディに通じるもの
─ちなみに江﨑さんは、モリコーネが手掛けた『ニュー・シネマ・パラダイス』と『海の上のピアニスト』のサントラを、もう何回聴いたかわからないほどお好きだそうですね。
江﨑:どちらも映画を含め大好きな作品です。音楽が愛に溢れているんですよね。ピアノが重要なパートを担っている点も、魅力的に思う一因かもしれない。中学生の頃にジャズピアノトリオを組んで以降、様々なジャズピアニストのスタイルを研究したのですが、エンリコ・ピエラヌンツィは中でもお気に入りのピアニストでした。その彼が、『ニュー・シネマ・パラダイス』の音源にも参加していると知った時は、何というか、好きなもの同士は繋がっていくものだなと感動した覚えがあります。『海の上のピアニスト』はピエラヌンツィではないのですが、こちらも好きです。
「メインテーマ」(『海の上のピアニスト』より)
─どこかノスタルジックで美しく、一度聴いただけで心を揺さぶるメロディは、モリコーネ作品の特徴のひとつだと個人的に思っています。こうしたメロディにはどのような秘密が隠されているのでしょうか。
江﨑:メロディそのものは作品によってアプローチが違うように思います。とは言え、どの作品にも共通しているのは、大変複雑なことや技量を必要とすることを、まるで母から子への子守唄や語りかけのように、わかりやすく美しい音楽で表現してしまえる点なのかな。
─江﨑さんは、モリコーネの息子アンドレア・モリコーネが手掛けた『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」がお好きだそうですが、この曲はどんなところに魅力を感じますか?
江﨑:じわじわと各声部が動くことで、ゆるやかに和声が進行してゆくストリングスの使い方がとても美しいです。木管楽器が順にメロディを担い、最後はストリングスで引っ張りいよいよフィナーレか……?と思いきや、ヴァイオリン1本のメロディで締める楽曲構成もドラマティックなのですよね。