北米と欧州、それぞれの地域で着々と進む、インディロックの地殻変動
田中 ローリングストーンのチャートだと所謂インディロック作品が10枚程度入ってきている。これはわりと納得する並びなんじゃないかな。
小林 いいセレクトですよね。
田中 インディロックは2010年代後半、特に商業的な面では不遇な状況に置かれてきたけど、相変わらず女性とLGBTQ中心にいい作品を作り続けてきた、時代のトレンドに迎合せず時代の変化にきちんと向き合う作品を作ってきたことの証明にもなってるよね。
小林 トップ50には入りませんでしたけど、スフィアン・スティーヴンスとかダーティ・プロジェクターズとか、アルバムは去年だったボン・イヴェールやヴァンパイア・ウィークエンドとか――この辺のアーティストは緩やかに問題意識を共有していて。スフィアンはわかりませんが、他はみんなグレイトフル・デッドを今めっちゃ聴いてるんですよね。
Sufjan Stevens – The Ascension
Dirty Projectors – 5Eps
小林 ダーティ・プロジェクターズのメンバーはデッドのコピーバンドをやってるし、ヴァンパイアのエズラはインスタでずっとデッドベアとか上げてるし、ボン・イヴェールのジャスティンはデッドを聴きながらMDMAをやっているとPitchforkのインタビュー記事で書かれていた(笑)。最初はこれ何なんだろうって思ったんだけど、要するにグレイトフル・デッドって既存のシステムの外側にサステナブルな独自の生態系を構築したバンドじゃないですか。
田中 社会の主流とは別の、オルタナティヴなエコシステムを作ろうとしているっていう。
小林 そうそう。この辺りのUSインディ勢がそこに明らかに意識的で。今年になってから、ボン・イヴェールとかスフィアン・スティーヴンスが現在の社会状況を顧みて、これまでとは違う社会システムを本格的に模索しようっていうメッセージを打ち出しているのも理に適っている。やっぱりこの辺りのUSインディはいまだにアクチュアルだなと感じていますね。
Bon Iver - AUATC
田中 この辺りのアーティストがほぼ全員バーニー・サンダースの支持者だっていうのもわかりやすいよね。あと、スフィアン・スティーヴンスにしてもアルバムも悪くはなかったんだけど、もっとも感動的だったのは政治的なメッセージを持った「America」のB面「My Rajneesh」だった。
Sufjan Stevens - My Rajneesh
田中 言ってしまえば、もう完全なノスタルジアなわけ。60年代後半の西洋における東洋思想の広がりを代表するグル――でも、結局はアメリカ政府による弾圧によって潰されたバグワン・シュリ・ラジニーシへのトリビュートだから。でも、総じて今も68年的な価値観はUSインディの中では死んでいなかったということだと思うな。もしくは、俺の言葉で言うと、ポスト資本主義リアリズム的な価値観がきちんと培われていると言うべきなのかもしれない。じゃあ、欧州や英国のインディ・バンドはどう?筆頭に名前が挙がるのは英国だとアイドルズ、そしてアイルランドのフォンテインズD.C.。
Idles – Ultra Mono
Fontaines D.C. – A Hero’s Death
小林 イギリスのメディアによると、アイドルズは生粋のライブバンドらしいので、やっぱり本国での評価が高くなる傾向にあるだろうなと。でも、アルバムの出来で言えば圧倒的にフォンテインズですね。1stはいまいち乗り切れなかったんですけど、今回のアルバムでは一気に洗練されて、サイケデリックでひんやりとしたポストパンクのサウンドが完成されている。タイトル曲には「人生っていうのはいつも空っぽなわけじゃない」っていう象徴的な歌詞がありますけど、そこに宿る諦念とそれを振り払おうとする情熱の相克は本当に魅力的。
田中 『A Hero’s Death』っていうタイトルが象徴しているのは、もはや政治家やポップスターといった一握りの人が動かす社会じゃないっていう認識だよね。と同時に、一曲目の「I Don’t Belong」みたいな、自分はどのコミュニティにも属していないという表明も同居している。これって個人の政治参加に対するニヒリズムとも言えるよね。それを大声で歌えたというのは世界的に見てもかなりレアなんじゃないかな。
Fontaines D.C. - I Don’t Belong
田中 それに、俺はポストパンク世代なので、これまでずっとポストパンクが形式として繰り返し再定義されるのをかなり苦々しく感じていたところがあって。
小林 イギリスではゼロ年代半ばから断続的にポストパンク的なサウンドが流行っていましたからね。
田中 2010年代半ばからのサウスロンドンのバンドにしてもそうだよね。ただ、フォンテインズD.C.には、自分たちが抱えている冷めた熱情を表現するにはどうしてもこのサウンドが必要なんだという必然が感じられた。諦観やニヒリズムと同時に、怒りや倫理的とは言い難い暴力性が同居している。その感覚とサウンドが見事に呼応し合っていて。それに今、アンビヴァレンツな感覚や感情を表現することってあまり許されないじゃないですか。「どちらの側に立つのか?」が問われる傾向が明確にある。そもそもポストパンクは左翼的な価値観から生まれたんだけど、マガジンの代表曲「Shot by Both Sides」に象徴されるようにマージナルな場所に立つものでもあって。どんなアイデンティにもどんなイデオロギーにも回収されるものではないっていう。そういう意味でもインディロックに勇気づけられたのは本当に久しぶり。
小林 いや、本当に素晴らしいアルバムでしたね。