田中宗一郎×小林祥晴「米ローリングストーン誌の年間ベストから読む2020年の音楽シーン」

パンデミック後の世界への姿勢が作家の本質を見事に露わにした?

田中 パンデミック以前の作品がすべて古びて感じられるというわけではなく、マック・ミラーの遺作も年明け前半にリリースされたものの評価は高い。ザ・ウィークエンドやデュア・リパ、チャイルディッシュ・ガンビーノ辺りはまさにパンデミックが広がる渦中にリリースされ、ボブ・ディランは最初期のクアランティン期に敢えてシングルをリリースした。この辺りは?

小林 マック・ミラーの場合は、この遺作の方向性が奇しくもパンデミック以降のサウンドとして響いたところがありますよね。

Mac Miller - Circles


小林 同様の評価ができる作品が年間ベストのタイミングでも強い印象があります。チャイルディッシュ・ガンビーノがどこの年間ベストにも入っていないのはどういうことだよ!というのはありますけど。

田中 マック・ミラーやビーノ――そして昨年の年間ベスト級だったラナ・デル・レイのアルバムにしても――世の中は常に成長し続けなければならないという強迫観念に駆られているけども、今こそ新たなシフトチェンジが必要なんだという彼らの意識が間違いなく反映されている。パンデミック以前から、今ようやく人々が気がつき出したことを先んじて表現していたとも言える。まあ、起業当初から「事務所なんて必要ない」って言ってた俺たちの会社みたいなもんだよ。

小林 (笑)デュア・リパのアルバムも今年らしかった。今年4月にThe Guardianでローラ・スネイプスが「パンデミック以降はファンタジーへの回帰が起こるだろう」と書いていたんですけど、エスケーピズムを標榜したパーティアルバムを作ったデュア・リパにしろ、テイラーのアルバムにしろ、まさにそういった流れの作品だなと。

Dua Lipa – Future Nostalgia


小林 とは言え、デュア・リパのアルバム最終曲「Boys Will Be Boys」は女性が日常的に感じる恐怖について歌っていて。かつてはエスケーピズムを標榜する音楽ってノンポリっていうか、非政治的であることとセットだったりした。でも、2020年代は政治的、社会的なイシューに意見を言うのも当たり前だし、エスケーピズムが時には必要だと認めることも当たり前、そこが両立していいんだよ、っていうスタンスに変化しているように感じるんですよね。

田中 政治的に成熟したということだよね。社会的な意識を持っている人間だって日常生活では逃避が必要だし、常にソーシャルメディアで政治的な表明をする必要はない。選挙ツイートをしない人間を集団トローリングするような時代はもはや過去になったってことだよね。

小林 そうであってほしいですね。

田中 ザ・ウィークエンドはどう? 極端な言い方をすると、彼って資本主義と、それによってアンプリファイされた欲望の権化みたいな存在じゃないですか。

小林 ドラッグ、セックス、後悔、っていうね(笑)。

The Weeknd – After Hours


田中 で、煌びやかな欲望に駆られ、その渦中で他人を傷つけ、何よりも自分が傷つき、後悔し、そこから成長しようとするというストーリーを紡ぎ続けてきた。この10年ずっとね。だから、「おい、いつになったら成長するんだよ?」みたいな話ではあるんだけど(笑)。ただ、それも理にかなってはいて。

小林 というのは?

田中 だって資本主義をベースにした社会がまったく変わらないわけだから。彼のペルソナと同じく、先進諸国に暮らす人間はすべからく加害者であると同時に被害者でもあるという現行の社会システムから逃れられないでいる。そういう意味で彼は常に我々の写鏡なんだよね。人間の愚かさは少しも変わっていないという事実を批判的に肯定してるというか。

小林 ザ・ウィークエンドは大衆の欲望の写し鏡となるポップスターなんですよね。

田中 ただ、生存欲求も含め、欲望そのものが正しいか間違っているのかを判断する基準というのは、ある特定のコミュニティにおける倫理観という恣意的なものじゃないですか。しかも、二度の世界大戦の時代でも、日本の江戸幕府でもいいけど、社会というのは格差や差別を利用することで発展と安定を担保してきた。だからこそ植民地主義や差別もかつては肯定されてきた。でも、いまだグラミーみたいな既得権益を持った人々による権威からは彼の存在は疎まれてしまうんだよね。「煌びやかな夜の街の片隅でボコボコに殴られた顔」という彼の新たなペルソナというのは、まさにこの世界の99%を占める愚かな人類そのものだとも言えるんじゃないかな。

小林 音楽面で言うと、彼はメジャーデビュー以降、シングル単位ではヒット曲やいい曲がいっぱいあるものの、アルバム単位では初期ミックステープ三部作の素晴らしさに遠く及ばなかった。でも、今回のアルバムはようやく初期のサウンドや美学をスタジアムのスケールにアップデートすることに成功している。

田中 今回のアルバムの退廃的なロマンティシズムとか、「In Your Eyes」のサックス・ソロとか、まんま70年代後半の再結成ロキシー・ミュージックなんだけど、彼はこともあろうか、そこにケニー・Gを引っ張り出してくる。これも面白い。

小林 「In Your Eyes」のリミックスですね(笑)。

The Weeknd - In Your Eyes ft. Kenny G


田中 イージーリスニング化して、すっかり文化的なアクチュアリティを失った80年代初頭のジャズを象徴する、当時からもっとも馬鹿にされたマレットヘアのアイコンをわざわざ引っ張り出してくるセンス。この、価値の恣意性を露わにする身振りは彼にしかやれないよね。

小林 人類と社会が抱える愚かさは変わらないという事実を証明したという意味では、ディランに通じるものがあるのかもしれません。Mojoが「ディランはホモ・サピエンスがいかに粗雑で乱暴で(ラフ&ロウディ)、最悪の場合、自己破壊的になり、どんなによくても、せいぜい生き延びるか超越するしかない生き物だと歌っている」と評していましたけど、その見方は納得できる。

田中 でも、面食らわなかった? BLMの高まりが再燃する直前、自粛要請期間にケネディ大統領暗殺から今へと至る歴史とアメリカンドリームの喪失、それに音楽家たちがどんな風に向き合ってきたかを綴った17分近い叙事詩をシングルとしてリリースしてしまうんだから。

Bob Dylan - Murder Most Foul (Official Audio)


田中 ただ、ディランという人は、かつては「Hurricane」のような黒人差別についての曲を書いてきた人だし、常に今と向き合うと同時に、今この瞬間にフォーカスしすぎて、次の瞬間にはすべて忘れてしまう、この歴史健忘症の時代に、長い歴史の連なりを見つめ続けてきた。ある意味、別な時間軸の中に生きているっていう(笑)。でも、極端なことを言えば、人間って誰もが社会的な存在であると同時に、個人というのは歴史という共通項とは別のタイムラインで生きているわけでしょ。ただ、「やっぱりディランが最高!」と大騒ぎすることにはアンビヴァレンツな思いもなくはなくて。

小林 結局、21世紀になってもディランなのか、というところですからね。

田中 2020年はラップコミュニティにも多様性というか、立場や考え方のスペクトラムがあるという事実がより露わになった年でもあった。BLMの抗議活動の現場でアンセムになったダベイビーとロディ・リッチの「ロックスター」があり、以前から明確な政治的主張を持っていたラン・ザ・ジュエルズがいて、方やリル・ウェインのようにトランプに賛同するラッパーもいたり。

DaBaby - ROCKSTAR (Live From The BET Awards/2020) ft. Roddy Ricch


Run The Jewels – RTJ4


小林 J・コールとノーネームの論争もそういった意味では象徴的でしたよね。やはりBLMは緊急性の高い問題だったので、ラン・ザ・ジュエルズやダベイビーなどが目の前で起こっていることに対して直接的なステートメントとなる曲を出すのは重要だった。と同時に、チャイルディッシュ・ガンビーノ『3.15.20』のような視点も大切だと思っていて。

Childish Gambino – 3.15.20


小林 あのアルバムの最後の方で息子との会話を収録した曲がありますけど、そこでは息子に自分自身を愛することや自尊心を持つことの大切さを説いている。BLMの前に出たアルバムだからというのもありますが、そういった長いスパンで物事を変えていくことについての作品が同じコミュニティから出て来ているのは健康的だなと。それに、あのアルバムは監視社会とか気候変動についても取り上げている。本当は継続して考えなくてはならない大切な問題が、パンデミックやBLMで人々の意識から一時的に飛んで行ってしまったなということも改めて感じました。

田中 ビーノってどこか傍観者的というか当事者でありながら常に外部の視点を失わないんだよね。常に広い射程でいくつもの問題意識を抱えている。ただ、社会の激動の中でそうした広角的な視点はむしろ見過ごされてしまうという皮肉な現象だよね。より即効性が高いものに脚光が当たるという現象も2020年的と言えるのかも。

小林 ただ、おそらく本人がそれを望んでいたところもありますよね。当初予定されていたストリートでの混乱と暴動を描いたアートワークならもっと時代と紐づけられて語られたはずなのに、敢えて真っ白なジャケットに変更したという選択とか。

田中 気候変動について歌った一昨年の「Feels Like Summer」の時点で、過熱化するラップゲームの狂騒を否定はしないけれども、自分はそこにいないという感覚をPVでは示していた人だからね。

Childish Gambino - Feels Like Summer


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