ブライアン・イーノが語る、ポストコロナ社会への提言とこれからの音楽体験

ブライアン・イーノ(Photo by Cecily Eno)


コンピューターには
今もアフリカが足りていない

ーただ、身を委ねたいと思っても、社会のほうは年々、他者を信頼しづらくなる方向に向かっていますよね。それについてはどのように思いますか?

イーノ:いいところを突いてるね。今の時代、信頼の問題があるのは間違いない。一番の原因はSNSだと思う。つまり、SNSにおけるアルゴリズムが機能として、我々の人格の一番醜い面を引き出しているように思える。というのも、アルゴリズムは「衝撃性」「怒り」「恐れ」に最も反応し、糧にしている。その結果、さらに「衝撃性」「怒り」「恐れ」が生まれる。

今年、『Social Dilemma』(邦題:監視資本主義 デジタル社会がもたらす光と影)という映画がNetflixで公開された。ある意味プロパガンダ的な作品なんだけど、SNSの仕組みを理解するうえでなかなか見応えがある。SNSが我々の社会にどんな影響をもたらしたかということも取り上げている。私は自分のSNSアカウントを持ったことがない。持ってなくてよかったと思う(笑)。Facebookに一度も投稿したことがなくて幸せだ。レコード会社が私に替わってアカウントを運営しているが、個人的には関係ない。Facebookとは一切関わりを持ちたくないと思っている。世界に対して悪影響をもたらしたと思うからね。あれは人間どうしの敵対心を助長してきた。「みんなも自分と同じ考えを持っている」という感覚にさせるだけでなく、「それ以外の人たちは頭がおかしい。なんでそんな考えに至ってしまうのだろう」という考えに陥る。ある人の考えに呼応し、同じ考えの人と繋がりを持たせることで、ある種のフィードバック現象が起きる。ステージ上でマイクをスピーカーに向けてしまった時に「キーーーーー」という耳障りな音が出るのと似たような感じだ。自分の出力をそのままフィードバックしている。完全なるクローズドシステム(狭い世界の中で完結している閉鎖系)だ。



SNSというのは、そういうクローズドシステムを奨励する。となると、当然外部の人たちは信用できなくなるし、中には入れない。自分とは全く違う人種にしか見えないわけだから。外部の人とは話をしたこともなければ、交流がないのだから。でも現実世界では、いろんな人と交わらなければ生きていけない。会社の同僚はもしかしたら、同じ政党に投票しないかもしれない。それでも仲良くやっているし、ランチを一緒に食べたり、お茶をしたり呑みに行ったりもする。多少考え方が合わない部分もあるかもしれないけど、だからって嫌いにはならないだろう。でもSNSの世界では、価値観の違う人たちを否定する、ヘイトが横行している。これこそが世界中で不信や分断を生んでいるのだと思う。アメリカを見てみるといい。あれほど顕著な例はない。国民の半分が、もう半分のことを「完全なる犯罪者、異星人、馬鹿者」と否定しているわけだから。我々の大多数は、中間地点のどこかに属しているのに、SNSのせいでみんなが両極のどちらかに押しやられてしまっている。

ーあなたは1995年、当時の『WIRED』編集長ケヴィン・ケリーとの対談で「コンピューターにはアフリカが足りない」と語っていましたよね。その認識は2020年を終えようとしている今もお変わりありませんか?

イーノ:ああ、今でもそう信じている。私は今も鉛筆を使って文章を書いたり、絵を書いたりしている。同時に、コンピューターも仕事でたくさん使う。音楽制作のほとんどはコンピューターで行なっている。そういう意味では、両方の世界に触れている。そこですごく感じるのは、鉛筆とコンピューターとでは、自分の体の違う部分を使っているということ。鉛筆を使うときは、身体を大きな脳として使っている。この「肉体は大きな脳」というのは、友人のピーター・シュミット(イーノがアイデア出しに活用したカードセット「オブリーク・ストラテジーズ」の共同発案者としても知られる画家)が何年も前に言ってた持論なんだけどね。

コンピューターの何が問題かというと、身体の首から上しか使わないことだ。あとはマウスをクリックする指が一本あれば事足りる。つまり、首から下を全く使わないということは、人間の知能の大きな無駄遣いなんだ。なぜなら、人間の知能は頭の中だけで機能しているのではなく、体全体で機能しているのだから。身体の動き、筋肉の動き、それら全てが知能の一部だ。種類の違う知能ではあるけど、それを使うのをやめてしまったら、潜在能力の大部分を無駄にしてしまっていることになる。そして、もし首から上の知能しか使っていないのだとしたら、その知能の使い方を放置したら重大な誤りを引き起こすことになるとも思う。単作(モノカルチャー)のようなもので、しばらくの間はいいのだろうけど、永久に他の知能、例えば共感や感受性、あるいは嗅覚などから影響を受けないということは、他にもいろいろある様々なチャンネルからの情報の流入を塞いでしまっているということになる。

我々はインターネットに接続すると、世界中の情報が指先の操作一つで全て手に入ると思うだろう。それ自体は素晴らしいことだし、ワクワクする。それは認める。しかし往々にして、身体全体から得られる情報と引き換えに行っていることが多い。世界中からの情報は受け入れるけど、自分の身体から得られる情報は無視する、という具合にね。使わないし、必要ないからと。私からすると、ドナルド・トランプのような人間を見ていると、彼に投票できる人はどれだけ正気からかけ離れてしまっているのか、と思ってしまう。あの男をどうしたら信じられるのか。自分が本来人間としてあるべき反応と繋がりをちゃんと持っていれば、自分の身体の訴えを少しでも信頼すれば、あの男が立派な国の指導者だと思えるはずがない。自分だけの情報チャンネルの情報を聞くのをやめれば気づくはずだ。そうすれば、ヘイト・チャンネルしか残らないのだから。なぜ人がトランプを好きになるかというと、彼が自分と同じ人を嫌っているからでしかない。だから支持するのだ。同じ者を嫌いな仲間として。これからの指導者を選ぶ理由としてはあまりに酷いよね。

Translated by Yuriko Banno

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE