精神病を偽り20年生きてきた男の「誰も救われない悲劇」|2020年ベスト

精神疾患患者へのケアの違い

現在、心神喪失の抗弁が行なわれるケースは刑事裁判全体の1%未満。仮に抗弁が行なわれても、成功する確率は1/4だ。だが心神喪失の抗弁を巡る議論では、刑事司法制度における精神疾患のさらに深刻な問題にはあまり目が向けられない。直近の推計によると、受刑囚の37%、留置所に勾留された者の44%が、精神障害があると医師から告げられたことが一度はあるそうだ。と同時に、重度の精神疾患を抱える20万人の元犯罪者がアメリカ各地で暮らしている――そのうち77%前後は、ほとんどが凶悪事件で5年以内に再逮捕されると見られている。

国の精神医療システムが、いわば身動きの取れない状態に置かれているという問題もある。1963年、全米の精神病棟の多くが非人道的状態だという暴露記事が立て続けに報道されたのを受け、ジョン・F・ケネディ大統領は外来治療を優先する医療制度改革を約束した。「拘禁隔離という冷酷な慈悲への依存は、地域社会による温かい気遣いと寛容さに取って代えられます」と、議会への特別演説で大統領は述べた。 精神疾患の患者は法律で手厚く保護されることが認められ、数百万棟の老朽化した精神病棟が閉鎖された。1955年から1980年にかけて、州立精神病棟の患者数は55万9000人から15万4000人に減少――現在は4万3000人未満だ。

ケネディ大統領のビジョンの後半――「地域社会による温かい気遣いと寛容さ」――が形になることはなかった。レーガン政権は、自治体の精神医療に対する連邦予算を削減し、国の障害認定のガイドラインを再解釈。公共住宅の予算も大幅にカットした。警察官が国の精神医療の最前線に立つことになった。大半の地域では、必要な治療を手っ取り早く受けるには、逮捕されるのが一番だ。

オレゴン州は、ささやかではあるものの、これとは異なる対策を試みた。1977年、のちにモントウィーラーを鑑定し、釈放を認めることになる組織、精神医学的保安審査会(PSRB)が設立された。刑務所の枠組みの外で運営される、心神喪失で無罪となった者を対象にした全米初の機関だった。PSRBの監視下に置かれた場合、ケースマネージャーの定期的な診察と薬物アルコール検査、州の支援住宅への入居、精神医療ケア、就職サポートが付いてくる。一般的に犯罪者は、量刑ガイドラインが認める最長刑期まで州の監督下に置かれるが、実際には、PSRBの犯罪者の半分以下、つまり600人前後が州立病院に収容されている。大半はオレゴンで生活し、各郡の指定された精神病センターで、1人当たり毎月1万8000ドル前後のサービスを受けている。PSRBのジュリエット・ブリトン元理事曰く、罪を犯していないオレゴン在住の精神疾患患者は、「これほど手厚い保護は受けられないでしょうね」

Translated by Akiko Kato

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