1970年代の浜田省吾との出会い 水谷公生とともに振り返る

いつわりの日々 [Live] / 浜田省吾

田家:この曲の印象は当時どうでした?

水谷:やっぱりリアリティがありますね。もちろん歌詞は想像で書くものでしょうけど、痛みって表現するのが難しくて。頭の中で美しい言葉を並べている曲が多いという印象が強かったですね。

田家:浜田さんの中でのR&B的な要素っていうのは、当時はどうご覧になっていたんですか。

水谷:もちろん1960年代、1970年代っていうのはアメリカの文化が日本に入ってきていたので、そういう音楽を深く聴いてインスパイアされているなと思っていて。その一方で、西海岸のジャクソン・ブラウンみたいな影響も感じて。色々なものを自分の中で吸収して、浜田省吾サウンドになっていたと思うんですね。

田家:そういうR&B的な要素って、1970年代の終わりの頃にはもう新しいものではなかったでしょう?

水谷:そうですね。でも、根本にそういうメロディがあっても、流行みたいな枝葉になればなるほど弱いものなるんですよね。1950年代、1960年代に出てきたR&Bの幹からのインスパイアは、浜田さんに多いですよね。

田家:なるほど。さっきちょっと仰っていた溝ってそういうものだったのかもしれませんね。 最先端の売れっ子スタジオミュージシャンと、幹に拘ろうとしている浜田さんという感じがあったのかなと。

水谷:そうですね。

Rolling Stone Japan 編集部

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