ローリングストーン誌が選ぶ、2020年の年間ベスト・ムービー20選

10位『ノマドランド

Photo : Courtesy of Searchlight Pictures

21世紀の全米退職者協会(訳注:高齢者による世界最大の非営利団体、略称AARP)時代の移民を描いた米ジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダーのノンフィクション作品『ノマド 漂流する高齢労働者たち』を取材したクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』は、ファーン(フランシス・マクドーマンド)という女性に主に焦点を当てた、コミュニティの性格描写的作品だ。未亡人のファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で住み慣れた町が閉鎖に追い込まれたため、“ノマド(遊牧民)”として車上生活を送ることになる。トレーラーハウスで暮らす旅の仲間たち——彼らのほとんどは本物のノマド——とともにファーンは、時おり車を止めてはそこで働き、また次の現場あるいはトレーラーハウスの駐車場がある場所を目指しながらアメリカを横断する。神聖に近い優しい眼差しを登場人物たちに向ける『ノマドランド』は、教訓主義とは一切無縁の旅行記であり、観察力の鋭いこのドラマは、『ザ・ライダー』(2017)の監督と脚本を手がけたジャオ監督のレベルアップの証であると同時に、伝説的女優マクドーマンドの才能を見事に見せつけ、劇中の人物が映画スターであることを終始忘れさせる。同作は、根無し草というライフスタイルと社会破綻という大々的な出来事がどういうわけか、特定の人たちにとっては個人の解放へとつながっていく様子を極めて豊かに描いた作品だ。だからといって、同作が改革の言い訳として景気後退を推奨するようなことは決してない。それは、現実世界の放浪者と観る人の知性に対してあまりに深い敬意を抱いているからだ。(日本公開:2021年3月26日)



9位『マーティン・エデン

Photo : Kino Lorber


1970年代のイタリアの幻の名画のようなタイトルの『マーティン・エデン』は、鍵がかかった地下室で何十年にわたって埃が積もるままになっていたところを見出され、3本立て上映としてイタリアの映画監督の故ヴィットリオ・デ・シーカと故フランチェスコ・ロージの作品に挟まれたような印象を与える。だが、米作家ジャック・ロンドンの1909年の小説をピエトロ・マルチェッロ監督が映画化した『マーティン・エデン』は芸術——あるいは極めて控えめに言えば、過ぎ去った時代を描いた本の段落を切迫したポストモダン映画に変えること——に対する信頼をふたたび持たせてくれるタイプの映画だ。主人公マーティン(俳優ルカ・マリネッリは同役をきっかけにブレイク)が労働者階級の船乗りから作家に転身し、やがては文学界屈指の浪費家となるにつれて、観る人は、マーティンの欲望の対象である上流階級の娘エレナ(ジェシカ・クレッシー)、名声、富、きらびやかな場での居場所、政治的主張、そしてやがてはひとりにされることに対するマーティンの渇望を明確に感じる。それだけでなく、マルチェッロ監督は淡い色彩のドキュメンタリー映像とイタリアのネオレアリズモ映画の全盛期を彷彿とさせるいくつかの描写を加えることで、同作にさらなるテクスチャーを加えている。(日本公開:9月18日より公開、現在も一部映画館で公開中)



8位『ディック・ジョンソンの死

Photo : NETFLIX


『ディック・ジョンソンの死』というよりは、ゆっくりと死にゆく認知症のディック・ジョンソンという表現のほうが正確かもしれない。そこでキルスティン・ジョンソン監督は、親孝行娘にふさわしく、父ディックを主人公にした映画をつくる。言い忘れていたかもしれないが、このドキュメンタリーは、エアコンの落下、当て逃げ事故、致命的な心停止といったヤラセの死亡シーンにあふれているのだ。『ディック・ジョンソンの死』は、死をテーマにした歴代映画の中でももっとも快活で高揚感に満ちた作品かもしれず、それと同時に、カメラを構えている人たちとオーディエンスの両方にとってのカタルシス的な行為でもある。ぞっとするニセの死亡シーンを撮影してジョンソン監督が来たる父の死に備えれば備えるほど、観る人は、本当は平凡な日常を称えるものである同作の背後にある愛と優しい感情を強く感じる。高齢のディックが頸動脈を“刺される”シーンやピエール・エ・ジル(訳注:フランスのアーティストデュオ)ばりの天国のようなセットで繰り広げられる有名なタップダンサー、紙吹雪、腹を立てたキリスト像のシーンは必見だ。(日本公開:なし、Netflixにて放映中)



7位『Minari(原題)』
Photo : Josh Ethan Johnson

映画のタイトルになっている“ミナリ(訳注:日本語ではセリ)”とは、数々の韓国料理で使われる多年草で、独特の強い香りと歯触りを失わずにどこでも栽培できる野菜だ。韓国系アメリカ人として1980年代に米南部アーカンソー州で成長したリー・アイザック・チョン監督(『Munyurangabo(原題)』で2007年に長編監督デビュー、『君の名は。』(2016)ハリウッド実写映画版の脚本・監督)自身のストーリーを題材とした『Minari(原題)』は、成長物語にはストーリーの語り方はもとより、そこにどのような出来事を盛り込むかがいかに重要であるかを改めて気づかせてくれる作品だ。大望を抱いてカリフォルニア州からアーカンソー州に一家で移り住む移民(「ウォーキング・デッド」スティーヴン・ユァンの名演が光る)は、小農場を立ち上げようと奮闘するが、その過程で家族の絆がほころび始める。移民の妻(ハン・イェリ)、高齢の義母、ふたりの子どもたちは、見知らぬ土地での経験に各自対処しなければならない。来たる勝利や悲劇に対する広い視点をもたらしてくれるのは、チョン監督自身でもあるデイヴィッド(アラン・キム)という7歳の少年だ。無数の装飾音が織りなす実話にもとづいた同作は、素晴らしいキャストと知恵という恩恵を通じて過去を振り返る優しい感覚により、やわらかな作品に仕上がっている。(日本公開:未定)



6位『タイム

Photo : Amazon Studios

銀行強盗の罪で夫が刑務所に入れられた後、フォックス・リッチは、白黒のビデオ日記的なものを撮りはじめた。当時リッチの息子は4歳で、彼女は双子を妊娠していた。その後、20年にわたってリッチは子どもたちを立派な青年に育て、ベストセラー作家となり、回想録の書き方について多人数講義を行い、刑務所改革を掲げる活動家としての地位を確立した。さらに彼女は、夫を終身刑から解放するために献身的に働いた。ひとりの女性の意識の流れを辿るギャレット・ブラッドレイ監督のドキュメンタリー『Time(原題)』は、リッチがビデオカメラで自ら撮影した映像を取り入れることで、アメリカで横行していた大量投獄がすべての関係者に強いる犠牲を親密かつ唯一無二の方法で描いている。だが、同作は登場人物を一種のケーススタディとして扱ったり、リッチの家族の道のりを犯罪ストーリーに焦点を当てたテレビ番組のように扱ったりはせず、時間の経過、刑期、誰も待ってくれない時間など、“Time”というタイトルが持つ無数の意味の極めてパーソナルな解釈を提示することに留まる。これ以上エモーショナルにはならないだろうと思ったところで同作は、手品のようなトリックだったかもしれないものを失われたものを魔法のように取り戻す優れた方法に変えてみせる。ひとえに素晴らしい作品だ。(日本公開:Amazon Primeにて放映中)

Translated by Shoko Natori

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