対BOØWYから対自分へ 1990年代前半の氷室京介を語る



田家:改めて、アルバム『Memories Of Blue』の話をお伺いしようと思います。今流れているのはシングル『KISS ME』が流れていますが、これは元々タイトルが「KILL ME」だったんですよね。

子安:『KISS ME』の前に、『Good Luck My Love』というシングルがありました。その流れで、もう一枚、起爆剤となるシングルがあってからアルバムに行きたいという気持ちが強くて。『KISS ME』が「KILL ME」というタイトルだった時に、これでいいのかな? と疑問に思ったところがあって。もうちょっと違う形の方がいいんじゃないかな? っていうことを制作過程の中で感じていたんですけど、マネージャーの土屋さんが氷室さんに上手く伝えてくれて、最終的に『KISS ME』へと。ちょっと時間はかかりました。

田家:今年の9月から10月にかけて、大阪で氷室京介展があって、そこで『KISS ME』の原詞、「KILL ME」がありました。『Good Luck My Love』は、テンポもビートもBOOWYとはかなり違うシングルで思ったほどの売上枚数が残せなかった。もう一つ何か必要なんじゃないかという。

子安:元々、アルバムの前にシングル二枚は出しておきたいというのはありましたけど、正直、『Good Luck My Love』はもう少し売れるんじゃないかなと思ったんですけど、シングルとしては伸びなかったので。次が勝負だなと思ったのは確かですね。

田家:なるほど。その時にはアルバム『Memories Of Blue』の制作段階はどれくらいだったんですか?

子安:半分もできてなかったのかな?

田家:とりあえずシングルを先に出してからだったと。そのアルバム『Memories Of Blue』の中で子安さんが選ばれたのがこの曲です。

Rolling Stone Japan 編集部

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