米投資会社がテイラー・スウィフトの原盤権を約312億円で買収した理由

理由 その1. 広い視野で見ると、シンクロ権の妨害はささいな行為

原盤権を取得したシャムロック・キャピタルを支持することを公の場で拒絶したスウィフトに対し、同社は意外にも冷静だった。「私たちは、(スウィフトさんの)作品の莫大な価値とこれらに付随する有利な条件を信じているからこそ、今回の投資を行いました」と同社は米現地時間11月16日に声明を発表した。「私たちは、スウィフトさんの判断を100パーセント尊重・支持します。当初はパートナーシップを期待していたのですが、こうした結果にもなり得ることは想定していました」。

シャムロック・キャピタルの「想定」の背後には、具体的にどのような根拠があるのだろう? それは次のようなものではないだろうか。米レコード協会(RIAA)が発表した統計によれば、米国のレコード音楽業界の2019年の総収入は111億ドル(約1兆1500億円)だが、シンクロ権使用料による収入(CMやテレビ番組のような商業フォーマットで楽曲が使用される際に支払われる料金)は、111億ドルのうち、わずか2.5パーセントだった。卸売ベースで考えたとしても、2億7600万ドル(約286億円)というシンクロ権の貢献は、たった3.8パーセントに過ぎない。

当然、スウィフトはシャムロック・キャピタルがシンクロ権によって利益を得ることを妨害できる。だが、フィジカル音楽の売り上げ、デジタルダウンロード、ストリーミング配信で同社が金儲けすることをスウィフトは止められないのだ。RIAAの統計によれば、フィジカル音楽などの売り上げは、累積的に米国の音楽業界の昨年の収入の97.5パーセントを占めている。

理由 その2. 過去作を再レコーディングした楽曲に差し替える道のりは、やはり険しい

「Shake It Off」、「Bad Blood」、「I Knew You were Trouble」といったテイラー・スウィフトの名曲の再レコーディングが可能な限りスムーズに進むと仮定しよう。スウィフトのとてつもない才能を考慮すると、それらは超一流クオリティのものになるだろう。それに加え、再レコーディングしたアルバムをプロモーションする際、SpotifyやYouTubeなどから適切なサポートも得られ、スウィフトのファンたちが与えられた義務をこなし、新たにレコーディングされた楽曲を再生することでシャムロック・キャピタルが所有するオリジナル音源を水に流してしまうと仮定しよう。スウィフトの録音された音楽のパートナーであるユニバーサルミュージック・グループ(UMG)もすべてを捨てて再レコーディングされた楽曲のマーケティングを行うとも仮定しよう。

これだけで音楽業界は2021年までトップニュースには事欠かないだろう。だが、そこから2年、5年、さらには10年後、こうしたことを気にする人なんているのだろうか? Spotifyのアルゴリズムのトリックが平常に戻り、UMGが大金を使い終わった後、次に何が起きるだろう? 広告主はさておき、消費者は初めてのキス、結婚式でのダンス、ティーンエイジャー時代の失恋のBGMだったバージョンの楽曲を最終的には聴きたいと思うのではないだろうか? それに、もっとも熱狂的なスウィフトのファンでさえ、新たにレコーディングされたアルバムをいつもストリーミングするのではなく、うっかり過去作を再生しないとも限らない(とりわけ、こうした判断がますますスマートスピーカーに委ねられているのだから)。

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再レコーディング楽曲が過去作を凌駕するという予測に疑問を持っている音楽業界関係者は、筆者だけではない。昨年、筆者が担当しているコラムに英バンド・スクイーズのフロントマンのグレン・ティルブルックが登場した際、ティルブルックは『Spot the Difference』(訳注:「まちがい探し」の意味)という何ともぴったりなタイトルの2010年のアルバムを制作するにあたり、過去のヒット作を忠実に再レコーディングしたときの出来事を語ってくれた。レコーディングし直した楽曲のシンクロ権使用料を広告主や映画製作者が手を出したくなるような手頃な価格にしようとしたスクイーズの企みは、いかにもスウィフト的だ。だが、この計画は完全に失敗に終わった。「10年経ったが、いまだに誰からもリクエストがない」とティルブルックは明かした。

Translated by Shoko Natori

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