佐野元春が40年の歩みを語る 言葉・メロディ・ビートへの意識と挑戦

佐野元春(Courtesy of 佐野元春)



1990年中盤から2000年までのストーリー

―そしてVOL.3はアルバム『THE CIRCLE』の曲から始まりますが、このアルバムのツアー後に盟友・ザ・ハートランドが解散してしまい、僕は正直ショックでした。

佐野:僕はファンに背中を押されながら、さらに新しい実験をやりたいと思ってハードルを上げていった。そして、柔軟な魂を持った若い世代にもっと喜んでもらいたかった。その挙句、ザ・ハートランド解散という出来事になった。



―ザ・ハートランドでは佐野さんのクリエイティブな発想が可能ではなくなったということだったんですか?

佐野:違う。僕らザ・ハートランドは16年間で素晴らしい成果を上げた。何度も素晴らしいライブを経験した。でもこれ以上ピークは作れないだろうという漠然とした気持ちがあった。悩んだ挙句、ハートランドは解散することになった。メンバーの誰も反対しなかった。でも僕らの輪(サークル)は決して壊れることはない、そう思った。

【画像】佐野元春とThe Heartland/Tokyo Be-Bop、当時の写真ほか(写真3点)

―なるほど。

佐野:僕らは20代の若い頃に出会い、ヴィジョンを共にしてライブにレコーディングに明け暮れた。最後に『THE CIRCLE』というすばらしいアルバムができた。もうその事実だけで胸がいっぱいだ。最後に収録した「君がいなければ」は、今聴くとザ・ハートランドに捧げたような曲に聞こえる。この曲が彼らとの最後の曲になった。

―聞いているだけで胸がいっぱいになってきました。

佐野:そこから2年は何もできなかった。でもじっとしているわけにもいかず、友人からの支援もあって、重い腰を上げて立ち上げたのが、『フルーツ』レコーディング・プロジェクト。一緒にやっていくミュージシャンたちのオーディションを兼ねたレコーディング・セッションだった。その中から精鋭のメンバーを集めて、ザ・ホーボーキング・バンドを結成した。

―新しい出会い、ということですね。

佐野:そうだね。彼らと組んですぐに全国ツアーを行った。その後、みんなをウッドストックに連れて行って、ジョン・サイモンのプロデュースで一枚のアルバムを作った。それが『THE BARN』アルバム。これが1990年中盤から2000年までのストーリーだ。

―ええ。

佐野:90年代後半。国内のメインストリームでは少女向けのダンスポップが流行っていた。『THE BARN』のようなロックアルバムに勝ち目はないかもしれないけれど、それでもかまわなかった。音楽的には十分自信があったので、僕のファンは付いてきてくれるはず、そう思っていた。

―『THE BARN』に収録されている「ロックンロール・ハート」は日本のロックの金字塔だと思っています。

佐野:ありがとう、嬉しい。あの曲は書いて良かったなと自分でも思う。多感な頃に聞いていた音楽への恩返しのつもりだった。はっぴいえんど、ムーンライダース、センチメンタル・シティロマンス、オレンジ・カウンティ・ブラザーズ。そんな彼らが70年代でやり遂げられなかったことに、90年代の自分が落とし前をつける。そんな気持ちもあった。

―そんな思いがあったんですね。<VOL.3>の締めは「太陽」。繰り返し出てくる“God”という言葉が印象的です。

佐野;この曲は時代に対するレクイエムでもあるし、EPICソニーへの惜別の歌、そしてこれから先の自分に対する応援歌でもある。この曲を最後に、デビュー以来、所属していたEPICソニーを離れることになる。

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