OPN、ザ・ウィークエンド、サフディ兄弟、『TENET』 奇才たちが共有するポップカルチャーの時代精神

 
編集された即興性、戦慄のフィーリング

『Magic Oneohtrix Point Never』を聴いていると、当のダニエル・ロパティン本人もサフディ兄弟との仕事に触発されたのではないかと感じる。映像と音の組み合わせで引き起こした「編集された即興性」を、音だけで成し遂げようとする意志をそこに感じるからだ。

このアルバムの楽曲群はあらゆる意味でバラバラで、統一感がない。まず、曲のジャンルがバラバラだ。ストリングスを前面に押し出したチェンバーポップ風の「Long Road Home」、ヘヴィなドラムと陰鬱なアルペジオが印象に残る「Lost But Never Alone」、木琴のような丸っこい音が転がって穏やかな気配を作る「Tales From The Trash Stratum」といった、異なるスタイルの楽曲が矢継ぎ早に現れては消えていく。加えて、ほとんどの曲はループを元に構成されており、展開していく感じに乏しい。しかも、多くの曲がバサっと断ち切れたかのように急に途絶えて終わる。この未完成感。メロディやコード感は今までのOPNに比べて遥かにポップソング寄りなのに、一曲一曲に完結している感じが全くないのだ。


Photo by David Brandon

一方、ラジオをかたどった演出は、断片的な楽曲に持続的なフィーリングを与える役割を担っている。しかし、これはクリアなラジオプログラムではない。ジングルやトークを模したトラックは、逆再生やピッチ編集などの加工によって激しく歪んでいる。また、それぞれの曲は中盤以降にホワイトノイズや音の歪みが大胆に侵入する構造を持っている。軽快な心地よさや、まどろみを誘う穏やかさは常に挫折する運命にあるのだ。「Imago」や「Shiting」といった楽曲に、その構造が顕著に現れる。曲の完結を邪魔する歪みやノイズこそが、実はアルバム全体の一貫性を担っている。『Magic Oneohtrix Point Never』とは、使い物にならない廃墟のラジオプログラムなのだ。そして、楽曲の断片性と壊れたラジオの持続性が両立することで、「編集された即興性」の生々しい蠢きが見出さられる。アルバムの後半に進めば進むほど、穏やかな断片を引き裂く力は反復されて激しさを増すだろう。16曲目「Wave Idea」の、小鳥の鳴き声とかわいげなベルの響きを押し消す分厚いシンセの壁は、音自体にノイズが含まれていないにも関わらず、快楽と恐怖の入り混じった感情を聴く者にもたらす。その戦慄のフィーリングは、瞬間的な音の力ではなく、アルバム全体の構成によって生み出されたものである。



思えば、『TENET』でも『グッド・タイム』でも、「未知の可能性」を喪失した人間の切なさが描かれていた。その精神を体現していた役者がロバート・パティンソンだ。『TENET』のニールは未来に起きることを知ってしまっているにも関わらず、主人公を助けるため、涼しい顔を装いながら命を賭していた。『GOOD TIME』の主人公コニーは最下層貧民の犯罪者として、未来の全く見えないストリートを狂気の形相のまま疾走していた。彼らの姿には、若くして成功を収めてしまったパティンソン本人の虚脱感も反映されているかもしれない。

ザ・ウィークエンドは、巨大な名声を獲得したが故に、無感情と恐怖に囚われた自らの姿を『After Hours』で戯画的に表現した。「他人の人生を生きている」みたいで、「自分の買った家がホームと思えない」と歌った。そこには、「未知」を失った人間のブルースがあった。

『Magic Oneohtrix Point Never』におけるセンチメンタルなフィーリングと、そこからこぼれ落ちる虚無の苦しみは、ダニエル・ロパティン一人のものではない。ザ・ウィークエンドもクリストファー・ノーランもサフディ兄弟もロバート・パティンソンも、同じ時代精神の中にいる。彼らは、先が全て見えてしまっている「未知」のない場所から、新しい胎動をどうにか捉えようと戦ってきた。運命に囚われたまま、自由であろうとした。『Magic Oneohtrix Point Never』という作品は、そのような困難な戦いの記録の1ページである。細切れの楽曲を引き裂くノイズの反復に、47分7秒のアルバムが織りなす「編集された即興性」の只中に、微かに光る火花が映っている。そうした、果ての見えない戦闘の果てに生まれた一瞬の煌めきの集合体を、人は「ポップカルチャー」と呼ぶ。




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