OPN、ザ・ウィークエンド、サフディ兄弟、『TENET』 奇才たちが共有するポップカルチャーの時代精神

 
『TENET』と『グッド・タイム』の関係

クリストファー・ノーラン監督作『TENET』は、コロナ禍の影響でビッグバジェット映画が次々と公開を2021年に延期する中、果敢にも9月公開(一部8月公開)を試みた。映画館の多くが封鎖されたままのアメリカでは苦戦しているものの、諸外国では予想以上の興行収入をマーク。日本でも週末興行収入4週連続1位を記録し、全世界的なヒット作となっている。




「時間の逆行」をモチーフにした『TENET』はかなりややこしい映画だと思われているが、実際には何も深刻にならずに楽しめる。音がデカい、飛行機がデカい、(エリザベス・デビッキの)身長がデカいの三拍子が揃った本作は、動物的なインパクトで迫ってくる「おバカ」な映画でもある。たしかに、150分で2400カット程度に割られた(このカット数は映画としてはかなり多い)ショットのひとつひとつに観客の注意を引くような力はない。細切れになった断片がどんどん飛んでいくような編集だ。物語も、設定が凝っていること以外は、スパイ映画の典型をなぞったものだろう。話の展開に必然性がなく、キエフ、ムンバイ、オスロと、行き当たりばったりに移動していく。積み重なってできあがるストーリーの重みとか、人物造形の深みとか、細部のモチーフの連携とか、そういうものはほとんど見出せない。

しかし、同時にこの映画を一つなぎの流れとしても感受できるのは、ひたすら鳴り続けている音楽の効果だ。音楽を担当しているのは、チャイルディッシュ・ガンビーノの制作上のパートナーだったスウェーデン出身の作曲家、ルドウィグ・ゴランソン。『TENET』の音楽にはストリングスなども使われているのだが、観ている間にメロディを意識することはまずない。重い低音が鳴りっぱなし、硬いパーカッションも響きっぱなしで、巨大な鋼鉄の祭囃子がひたすら続いていくような感覚だ。映像と物語の細切れ感と、音楽の持続感が噛み合わないまま進んでいく。その齟齬の中で、本作の引っ掛かり、何かが脳味噌の後ろで蠢いているような感触が生まれる。
  



『TENET』の物語の鍵となる重要人物、ニール役を演じているのはロバート・パティンソン。『ハリー・ポッター』『トワイライト』シリーズで名をあげた彼は、『TENET』で見せた強い存在感によって、再度注目されることとなった。

ノーランがパティンソンを起用したのは、彼が主役を演じたサフディ兄弟の映画『グッド・タイム』を観たからだという。知的障害の弟を伴って銀行強盗を企てた男の末路を描く『グッド・タイム』の物語は、『TENET』とは似ても似つかない。けれど、醸し出す空気には似たところがある。実際、行き当たりばったりで進んでいくプロット、激しく断片的なカット割り、大音量で持続的に鳴り響く音楽など、両者はかなり近い作品演出を施している。そして、前述したように『グッド・タイム』のニューエイジ味豊かなシンセサウンドの制作者こそ、ダニエル・ロパティンその人だ。100分の映画の中で、OPNの作り上げたゼラチン質のアルペジエーターは透明な紐になって耳に流れこみ、リズムトラックの脅迫的地響きは精神の部屋を揺らし続ける。感情移入の余地のないクソガキが自業自得で不幸な目に遭う話なんて、多くの人にとってどうでもいいに違いない。だが、そんなしょうもない物語を持った映画が、なぜか痛切な感覚を伴って観るものの心を騒がす。断片的な映像と持続的な音像の齟齬が、あたかもこの瞬間に新しい何かが生成されているかのような、スリリングな錯覚を引き起こすからだ。言わばそれは、「編集された即興性」とでも呼ぶべきものだ。OPNは『グッド・タイム』で2017年カンヌ映画祭のサウンドトラック部門を受賞しているが、ノーランはサフディ兄弟とダニエル・ロパティンが示した映像と音の関係性に触発されたに違いない。『グッド・タイム』と『TENET』を比べると、そうとしか思えなくなる。

ちなみに、『グッド・タイム』の途中で、元々暗い栗色の髪をしたロバート・パティンソンが急に髪をブリーチしだす場面がある(しかも初対面の他人の家で)。そして、『TENET』でのパティンソンは、最初から鮮やかなブロンドヘアーに染め上げている。連続性を見出さないわけにはいかない。

 
 
 
 

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