ブルース・スプリングスティーンが語る音楽の力と米社会、亡き友との絆が遺した影響

「俺たちは今すぐトランプ政権を終わらせ、もう一度やり直さないといけない」

ビタンによるEストリート色全開のピアノがリードする壮大なアンセム「ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ」における、「悪の道化師」が「王冠を盗んだ」という比喩表現は、今の世の中の状況を風刺したアルバム中唯一のラインと言っていい。同曲で描かれる「音楽が終わらないところ」、絆がすべてを支配する地上におけるロックンロールの天国というべき場所は、「ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリームズ」が示した目的地からそう遠くない。スプリングスティーンにとっても大きな意味を持っているという同曲について語る前に、彼は音源の入ったMacBookを求めてその場を離れた。

席に戻ってきて同曲を再生すると、コンピューターのスピーカーから流れてくるワインバーグのビートに合わせて、彼は目を閉じたまま頭を上下に降っていた。「俺が頭の中で築いたスピリチュアルな世界を描いてるんだ」。彼はそう話す。「同時に、これがバンドと一緒に作り上げたレコードなんだってことを示したかった。ゴスペル曲の『I’m Working on a Building』、ああいうイメージなんだ。この曲で描かれる情景は、俺たちが何年もかけて築き上げてきたものなんだ。それでいて、今この国が経験していることと繋がってもいる。これまでに書いた曲の中でも、すごく気に入ってるもののひとつだよ。過去50年で俺がやってきたことを凝縮してるようなところがあるんだ」

教会と牢獄が出てくることについて、「ジャングルランド」に登場するラインを意識したのかと筆者が訊ねると、スプリングスティーンは笑った。「長い間、あのフレーズは俺の片隅にあった」。彼はそう話す。「どこかで耳にした覚えがあると思ってたけど、それが何だったのかを君が思い出させてくれた」

現在のソングライティングに反映されていなくとも、スプリングスティーンが政治的スタンスの表明をためらわないことは、8月に開催された民主党大会の映像(本人もわずかながら登場)に「ザ・ライジング」の使用を許可していることからも明らかだ。過去数年間は彼にとって、「苛立ちの連続だった」という。「俺は生涯を通じて民主党を支持してるけど、4年前と比べて近所の人々とのコミュニケーションが難しくなったことは確かだね」

左派の人々の多くは(スプリングスティーンの友人であるトム・モレロを含む)、トランプはより大きな問題の兆候に過ぎないと考えている。筆者がそう述べると、彼はこう答えた。「俺はトムほどリベラルな考え方をしているわけじゃないと思う。それでも、俺たちが思い描くアメリカの姿を実現しようとするなら、極めて大胆な方向転換が必要だってことは確かだ」。スプリングスティーンは左派の筆頭であるバーニー・サンダースを支持しているという。「エリザベス・ウォーレンかどちらか迷うところだけどね。でもバーニーのことは支持してる」。しかし現在、彼は中道派である民主党の大統領候補を全面的に支持している。「アメリカという国が掲げていた理想が、今は放棄されてしまっている」。彼はそう話す。「忌むべき状況だと思う。今この国に必要なのは、それを蘇らせることができる人物なんだ。ジョー・バイデンが大統領になれば、この国が世界からの信頼を取り戻すための長い道のりを歩み始められると思う。今の政権は、民主主義の象徴というアメリカの理想像を粉々に破壊してしまった。我々は仲間を見捨て、独裁者に肩入れし、気候変動問題に背を向けてしまった」

共和党大会の感想について訊ねると、彼はこう語った。「ぞっとしたよ。無数の嘘とねじ曲げられたアメリカのイメージを、人々の意識に植え付けようとしているんだ。胸が引き裂かれる思いだったし、見ていられなかった。俺たちは今すぐトランプ政権を終わらせ、もう一度やり直さないといけない」

Translated by Masaaki Yoshida

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