ブルース・スプリングスティーンが語る音楽の力と米社会、亡き友との絆が遺した影響

変わらない魅力と意外性

「今の自分を描いた曲を、あの頃のサウンドで表現しようとしたんだ」。スプリングスティーンはそう話す。「オーディエンスは常に2つのことを求めていると思う。ひとつは変わらない魅力、もうひとつは意外性だ」。1978年作『闇に吠える街』の時点で既に、彼は『明日なき暴走』で確立したシグネチャーサウンドを意図的に敬遠していた。「初期のレコードっていうのは、何も考えずに書いた曲を集めたものなんだ」。彼はそう話す。「やがてヒットが生まれると、半ば反動的に自己防衛モードに入る。それ以来、俺はEストリートのサウンドを必要としなくなった。同じことを繰り返したくなかったからだ」

しかし何十年とキャリアを重ねてきた彼は、もはやそういった考えにとらわれていない。「昔ほど自意識過剰じゃないからね」。彼はそう話す。「頑固なところも多少マシになった。『クリエイティブとは何か? 何がファンを喜ばせるか? 自分がやりたいことは何か?』そんな風に自問することは、自分を檻に閉じ込めるようなものなんだよ。

彼のそういったスタンスは、過去の曲をバンドと共にアレンジし直すという行動にも現れている。「ソング・フォー・オーファンズ」(70年代に失われた60年代の理想に思いを馳せるかのような、ディランを彷彿とさせるスローバラード)、「ジェイニー・ニーズ・ア・シューター」(幻のクラシックとして知られており、アレンジも1979年のリハーサル音源のものと大きく変わらない。同曲にインスパイアされたウォーレン・ジヴォンは同名の曲を発表している)、そして意外なほどハードな仕上がりとなった、神聖なものを無邪気に冒涜するかのような「イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト」(70年代にはホリーズのシンガーであるアラン・クラークがカバーしている)の3曲は、1972年および1973年に制作されたものの正式に発表されず、長年ブートレグ音源が出回っていた。昨年、1998年発表のアウトテイク集『Tracks』のアーカイブを整理していた時に、彼はこれらの音源を思いがけず見つけた。この3曲が今作に収録されたことに深い意味はなく、今のバンドと一緒に録るとどんなサウンドになるのかを確かめたかったという。「若かりし日に思いついたアイデアを、大人になった自分の声で表現してみたかった。すごく楽しかったよ、どの曲も歌詞がぶっ飛んでたからね」

『レター・トゥ・ユー』は大統領選の間際にリリースされるが、本作は決してアンチ・トランプを唱えるレコードではない。「そんなレコードは死ぬほど退屈に決まってるからな」。彼はそう話し、眉間にわずかに皺を寄せた。『ザ・ライジング』では9.11に、『マジック』ではジョージ・W・ブッシュの失政に言及したが、彼がそういった政治的メッセージを発することは稀だ。貧困や略奪、苦境から逃れようとメキシコからやってくる移民等に焦点を当てた『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』は、スプリングスティーン史上最も先見の明に満ちたレコードだったが、彼は同作を世間がクリントン政権の誕生に沸き立っていた1995年に発表している。

『レター・トゥ・ユー』において、現在のアメリカの政治情勢に最もストレートに言及しているのは、干ばつの被害に苦しむ農家の人々に根拠のない希望を持たせようとする詐欺師を描いた、不吉なトーンを漂わせるルーツ的ロックの「レインメイカー」だ。スプリングスティーン自身、同曲が時代背景とリンクしていることを認めている。「あれは扇動政治についての曲だ」。彼はそう話すが、曲を書き上げたのはトランプが大統領に就任する数年前だという。「あの曲はアイデアの段階でボツにしたレコードに収録する予定だった」。彼はそう話している。

Translated by Masaaki Yoshida

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