TOTO、1982年の日本武道館公演で披露した「アフリカ」を振り返る

アジアの国で、アメリカのバンドが、アフリカの曲を演奏

現在でもTOTOが多くの観衆を惹きつける大きな理由が、1982年のアルバム『TOTO IV〜聖なる剣』という偉大なレガシーだ。この作品こそ“TOTO”であり、大ヒット曲「ロザーナ」が収録され、最優秀アルバム賞と最優秀レコード章を含む6部門でグラミー賞を受賞している。今回取り上げたビデオは1982年のジャパンツアーの日本武道館で「アフリカ」を演奏する彼らの姿だ。

このビデオの面白いところは、アジアの国でアメリカのバンドがアフリカの曲を演奏している点だ。この年、UKバンドのエイジアがリリースした「ヒート・オブ・ザ・モーメント」が世界中で大ヒットした。そして、1983年にはオーストラリアのメン・アット・ワークの曲「ダウン・アンダー」(訳注:英国から見て地理的にずっと下にあるかつての植民地オーストラリア、ニュージーランドを指す)が、アメリカのホット100で「アフリカ」と首位争いを展開し、エイジアはアジアに行って日本武道館で公演を行った。その一方で、スウェーデンのバンド、ヨーロッパがセルフタイトルのデビューアルバムをリリースした。アメリカ国内に目を向けると、カンザス、ボストン、シカゴなど地名を冠したバンドが大活躍していた。

さて、TOTOの話に戻そう。1982年の「アフリカ」当時からバンドに在籍しているのはスティーヴ・ルカサーだけだ。ドラマーのジェフ・ポーカロは1992年に他界し、ベーシストのデヴィッド・ハンゲイトは2016年に引退し、ヴォーカリストのボビー・キンボールは2008年にTOTOを脱退した。キンボールはここ数年、のどの問題で悪戦苦闘しているし、ペイチも健康問題を抱えている。残るミステリーはスティーヴ・ポーカロが参加しない理由だが、2019年にYouTubeチャンネルRock History Musicでのインタビューで、彼は休暇を取るつもりだと明かしていた。TOTOはジェフ・ポーカロの未亡人との訴訟を抱えていて、これによりバンドはストレスと裁判費用で圧迫されていたのである。彼はこう語っていた。

「正直に話すと、この訴訟問題のせいで、TOTOが航海を続けるために必要な風の勢いが抑え込まれてしまった。長い間、相当の緊張を強いられていた。メンバー全員がボロボロだったよ。みんな、たぶん人生最大のストレスを感じているのが今だね。だから全員が心と人生の平穏を待ち望んでいるし、TOTOとしてのキャリアも何の問題もなく続ける方向に持って行きたい。(復活は)絶対にないとは絶対に言わないが、それでも自宅で穏やかに過ごす時間が必要だし、自分のスタジオで過ごす時間が必要なんだよ」

しかし、TOTOという長寿バンドが長い間かけて作り上げてきた実績の一つは、彼らのファンのほとんどが、コンサートチケットにTOTOと記してあれば、スティーヴ・ルカサーがステージにいれば、「アフリカ」が披露されれば、細かいラインナップなど気にしない事実だろう。

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From Rolling Stone US.

Translated by Miki Nakayama

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