スティーヴ・ペリーが語る、エディ・ヴァン・ヘイレンとの「ロック史を変えたかもしれない出来事」

エディ・ヴァン・ヘイレンとスティーヴ・ペリー(Photo by Fryderyk Gabowicz/picture-alliance/dpa/AP; Brian Ach/Invision/AP)


エディは完璧なリズムボックス

当時のロックは競争とライバル関係とでできあがっていたようなものだった。サンフランシスコ・ジャイアンツVSロスアンジェルス・ドジャーズみたいなもんさ。ライバルだ。競い合いだ。あの2チームはどちらも互いと戦う時にこそ最高の力を絞り出すだろう? あの頃はだから、ヘッドライナーというのは前座からの挑戦を受けているようなものだったんだ。前座の方はいつだってその夜の一番の盛り上がりをかっさらってやろうというつもりでいた。誰がヘッドライナーであれ、前座のバンドは凱歌をあげて故郷に戻りたかったんだ。だから競争なんだ。プロスポーツだからね。

でもどこかでそういうのも変わってしまった。コンピューターの登場の前後からだろうな。誰もがクリック一つで演奏できるようになり、アルバムのすっかり加工の済んだ音や追加のコーラスや、さもなきゃやっぱり追加のギターや、そのほかの宙に漂っているような、雰囲気的なものまで引っ張り出せるようになってすべてが変わった。ドラマーはヘッドフォンでチクタクいうのを聴きながらリズムキープし、誰もがそのドラマーに合わせてプレイする。すると全体が凝り固まる。コンピューターに合わせて演奏しているからだ。このせいで一切が昔みたいに躍動的ではなくなった。碁盤のマス目の上といおうか、BPMに支配されているような場所ではどんな魔力だって無効化されてしまうのさ。

あの頃はただ出ていって演ればよかった。問題は一つきりだ。「ケツを蹴飛ばしているのは誰で、蹴飛ばされているのは誰だ?」。そのくらいシンプルだったんだ。どのバンドもほかのバンドに挑んでいたし、ほかのバンドからは何かしらが学べたものさ。たとえ多くではなかったとしてもね。



エディは驚嘆すべきリードギタリストだと見做されているし、それはその通りだ。でも彼が完璧で決定的なリズムボックスだったことについては誰もあんまり語ってないよね。曲が始まるとするだろう?(「叶わぬ賭け」のリフを口ずさんでみせる)あれはそれだけで完璧だ。ほかのバンドの演奏はまだ入ってきていない。でもあのパターンにはまだそこにはないほかの楽器がちゃんと聴こえている。彼がリズムを支配していたというは、つまりはそういうことだよ。

一度エディにこう話したことがある。「俺は『ジェイミーの涙』が大好きだよ。ステージでも演ればいいのにと思ってる」って。でも彼はそうはしなかった。「あんまり気に入ってないんだ」と。たぶん、ちょっとお上品過ぎるくらいに思ってたんだろうな。イカれた話だろう?

Translated by Takuya Asakura

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