スティーヴ・ペリーが語る、エディ・ヴァン・ヘイレンとの「ロック史を変えたかもしれない出来事」

エディ・ヴァン・ヘイレンとスティーヴ・ペリー(Photo by Fryderyk Gabowicz/picture-alliance/dpa/AP; Brian Ach/Invision/AP)


1978年の記憶、唯一無二の遺伝子

もし1978年にヴァン・ヘイレンと一緒に過ごしていなければ、ジャーニーはきっと今とはまったく違う姿になっていただろうことは間違いないよ。彼らが前座を務めてくれたのはアルバム『インフィニティ』の完成直後で、俺にとってもジャーニーのヴォーカリストとしての初めてのツアーだった。「ライツ」や「ホイール・イン・ザ・スカイ」といった曲の頃だね。

ヴァン・ヘイレンはLAでウィスキーやギャザリーズ、スターウッドといった、繁華街のすぐそばの店々に出演していた。ワーナーブラザーズが彼らと契約しアルバムを制作した。デビュー作『炎の導火線』だ。

我々のマネージャーだったハービー・ハーバートは、この当時、俺らをなんとかヘッドライナーとしてツアーできるバンドに持ち上げようと考えていた。それにはいい前座が必要だとも言っていた。そこへヴァン・ヘイレンのことを聞きつけて、彼らを起用することを思いついたんだ。大体8週間ほどの、3000人クラスの、いわゆる額縁(プロセニアム)舞台の会場を回るツアーだった。記憶が間違っていなければ最初がヴァン・ヘイレンで、次がロニー・モントローズ、最後がジャーニーだ。3月の頭から4月の終わりまでだった。全員で一緒に動き、宿泊はホテルだった。8週間いい思いをさせてもらったよ。

ヴァン・ヘイレンはノリにノっていた。目に見えてバンドの推進力となっていたのがエディ・ヴァン・ヘイレンその人だ。彼と兄のアレックスとを結ぶ音楽的な遺伝子というのは強力でね。2人きりの演奏ともなれば、レッド・ツェッペリンがもしパンクをやったらこうなるんじゃないかっていう感じだったよ。そのくらい力強かった。

しかもそこにデイヴィッド・リー・ロスだ。彼こそは正真正銘のエンターテイナーで、とにかく面白かった。ベースのマイケル・アンソニーは文字通りオペラ歌手みたいな高音がきちんと出せた。エディの声も素晴らしかった。彼らはだから、必要なものは全部備えてあそこにいたんだ。そして為すべきことを為した。

ああクソ、俺は毎晩、舞台袖で彼の出番を見せつけられていた。ニール(・ショーン、ジャーニーのギタリスト)を引っ張ってきて、観ておいた方がいいよとも言ったものさ。ニールはエディにまるっきりがつんとやられていた。俺自身はドラマーだったから、エディとアレックスとにやっぱりしこたま打ちのめされた。こいつら、何かすごいものをこじ開けていやがるとわかったからね。

バンドの中に同じ遺伝子が組み込まれていると、ほかでは到底真似のできないものが生まれてくる場合がある。エヴァリー・ブラザーズのコーラスには、ビートルズでもサイモン&ガーファンクルでも太刀打ちできない何かがあるのさ。本人たちがそう認めているのを何かのドキュメンタリーで観たよ。ただ音楽的なアプローチだけでは決して手の届かない種類のものを、彼らは互いの奥深い場所に備えていたんだろうね。だから遺伝子というしかないんだ。アレックスとエディにはそれがあった。

エディはとにかくただ素晴らしい。とても尊敬しているけれど、彼の才能と彼が切り拓いたもの、そして彼らが共有していたものについては時に嫉妬も覚えるよ。エディこそはあのバンドの途轍もなく大きな推進力だった。でも誓っていうけれど、バンドの全体が一目置いて然るべき巨大な力でもあった。彼らの後から出ていくっていうのは、それこそ毎度毎度勉強させられるようなものだった。

Translated by Takuya Asakura

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