ブルース・スプリングスティーンを今聴くべき理由とは? 誤解されてきた音楽的魅力を再考

ブルース・スプリングスティーン(Photo by Aaron Rapoport/Corbis via Getty Images)

通算20作目となるニューアルバム『レター・トゥ・ユー』が全世界11カ国で初登場1位を獲得したブルース・スプリングスティーン。今も海外では圧倒的な人気を誇る一方、ここ日本ではなかなか伝わりきっていない「ボス」の音楽的魅力について、音楽ディレクター/ライターの柴崎祐二に解説してもらった。

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世代を超えた影響力(と誤解)

10月23日に最新アルバム『レター・トゥ・ユー』リリースしたブルース・スプリングスティーン長年彼に付き添ってきたEストリート・バンドと共に作り上げたその内容は、今彼が何度目かの黄金期を迎えつつあることを高らかに知らしめる圧倒的な出来栄えだ。2010年代を振り返るなら、『レッキング・ボール』(2012年)、『ハイ・ホープス』(2014年)、『ウェスタン・スターズ』(2019年)という充実作をコンスタントに発表してきた他、各地での精力的なツアー、自伝『ボーン・トゥ・ラン』の刊行(2016年)やそれに伴うブロードウェイでの弾き語り公演『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』の記録的成功など、既にシルバー世代の仲間入りを果たしたボスの活躍は途切れることがなかった。



US本国を始めとして、彼の人気は今や錚々たるレジェンド達の中でも群を抜いた(そして不動の)ものとなって久しく、今回の米大統領選挙に臨んでの様々な発言を含め、その一挙手一投足が音楽ファンにとどまらない幅広い層から注視されてもいる。また、こうした盤石の支持は、ベテラン・ファンからのものに限らず、現役のミュージシャンを含めた後年世代をも巻き込んだものであることは特に重要だ。ここ数年にフォーカスしても、トリビュート作品『Musicares Person Of The Year: A Tribute To Bruce Springsteen』(2014年)へも参加したアーケイド・ファイアやジョン・レジェンドなどのビッグネームを始めとして、常々ボスからの影響を公言しているウォー・オン・ドラッグスや、先日も名曲「ダンシング・イン・ザ・ダーク」をアンディ・シャウフがカバーしたり、ボン・イヴェールがボスを招いた新曲「AUATC」をリリースするなど、彼へのリスペクトを隠さないアーティストが引きも切らない。男性からの敬愛ばかりが目立つかといえばそうではなく、女性アーティストに目を向けても、代表的にはかねてからメリサ・エスリッジの熱い敬愛があるほか、最近でもシャロン・ヴァン・エッテンが昨年リリースしたアルバム『リマインド・ザ・トゥモロー』に収録された「セブンティーン」が明らかに“ザ・ボス”な曲調であることなど、様々な例がある。

音楽界以外、例えば映画界においてもこうした状況は同様で、古くは「ハイウェイ・パトロール・マン」を基にしたというショーン・ペンの初監督作品『インディアン・ランナー』(1991年)や、近年においてもインド系の女性監督グリンダ・チャーダによる青春映画『カセットテープ・ダイアリーズ』(2019年)や、ボスの代表曲名をそのままタイトルにしたオフ・ビート・コメディ作『サンダーロード』などがあるし、他のジャンルでも……いや、キリがないのでこのへんでやめておこう。




もちろん、日本でも古くからのファンを中心に彼への信頼は止んだことはないが、一方で、現在広く若手音楽ファンへブルース・スプリングスティーンの音楽が浸透してるかというと、やや疑問符を付けざるをえないだろう。かつて『ボーン・イン・ザ・USA』(1984年)以降にあった「マッチョなアメリカ保守の代表」的な極端な思い込みはその後ほぼ払拭されたとはいえ、現在において彼の音楽をライブリーな視点のもとに味わうという態度は、残念なことにあまり一般的とはいえないのではないか。独特の歌詞表現の重要性に鑑みても、第一に言語の壁こそがこの状況を醸成してしまったとはいえるかもしれないが、様々なレベルでアメリカ社会の美質と響き合い、あるいは病巣をえぐり出す彼の音楽が、ここ日本におけるリアリティ(生活実感)と隔絶されたものに感じられてしまう(本当はそうではないはずなのだが)ということも大きいだろう。また、彼の音楽に触発され日本で生まれた音楽が、佐野元春や一時期の長渕剛などの優れた例を除いて、きわめて記号的(袖なしGジャンとバンダナ的な意匠など……)に消費されてしまったこともこの不幸の一要因になっているかもしれない。本来の芳醇なストリート・ロック的思想が矮小化され、ときにパロディの対象にすらなってしまったことが、スプリングスティーン本人への評価と乖離した場面で共有されてきたことは、それが仮に無意識的であったとしても、拭い難い集団の記憶として引き継がれてきてしまったふうだ。

【画像を見る】星条旗を背に歌うスプリングスティーン

これまで、そのような「誤解」を解こうと様々な批評的努力が積み重ねられ、実際に多くの優れた言説が提出されてきたわけだが、今回のキャリア屈指の新作リリースに伴い、改めて筆者なりのブルース・スプリングスティーン再評価を企図してみようと思う。おそらくそのための正道とは、一般に歌詞面の詳細な読み解きをするという方法なのかもしれないが、本稿ではよりとっつきやすいように、主に彼が作り出してきたサウンドの面に絞った構えで筆を進めてみよう。

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