ブルース・スプリングスティーンを今聴くべき理由とは? 誤解されてきた音楽的魅力を再考

パンクとも共振してきたロックンロール・サイド

ここまで様々な要素について概覧してきたが、やはりここで、その胸のすくようなロックンロール・サイドの魅力についても触れなくてはなるまい。

3rdアルバムにしてブレイク作にあたる『明日なき暴走』(1975年)は、今も昔もボスの代表的傑作として聴き継がれてきた作品だが、改めてこの名盤にふれると、その曲の粒揃い(かつ鉄壁)なことはもちろん、スタジオ作家としての彼の偉大さが再確認される。かつて本作の発表にあたって「僕はボブ・ディランのような詩を書き、フィル・スベクターのようなサウンドを作り、デュアン・エディのようなギターを弾き、そしてなによりもロイ・オービソンのように唄おうと努力したんだ」と語ったように、オリジナル極まりない音楽を生み出した事実とともに称賛すべきなのが、優れたバランス感覚によって実現した極めつけのハイブリッド性がごときものだ。フィル・スペクターとは同時期にディオンのセッションを見学した際に邂逅しているスプリングスティーンだが、当然60年代の少年期からロネッツやクリスタルズなどを通じてスペクターの仕事に憧れ以上の敬愛を抱いてきたこともあり、ここでの取り組み方も生半可なものでない。ギターやホーンの執拗なオーバー・ダブはもちろん、ミックスにあたっても「ウォール・オブ・サウンド」へオマージュを捧げているのは瞭然で、改めて彼のマニア性のようなものが染み出してくる(個人的にも、その事実を強く意識しながら表題曲を聴き直した時のパッと視界が晴れたような感覚は忘れがたい)。他にも、ボス本人が言及した上述のアイドルたちからの影響はもちろん、60年代のスタックス等のサザン・ソウルやボ・ディドリーなど、敬愛する音楽遺産を換骨奪胎しまくる青年スプリングスティーンの姿には、ロックンロール・パフォーマーであると同時になによりも清々しいほどのミュージック・ラヴァーであることが力強く脈打っている。



こうした路線は、マイク・アペルとの訴訟騒ぎもありお蔵入りしてしまった70年代後半のセッション(2010年に『ザ・プロミス』として発掘リリース)や、次作『闇に吠える街』(1978年)でも更に深められてくことになるが、最も充実した形で結晶したのは、1980年リリースされた2枚組大作『ザ・リバー』においてだろう。最高のコンディションにある「世界最大のバー・バンド」ことEストリート・バンドとの演奏は、まさしく恍惚的ともいえるレベルで、豪快ながらも非常に緻密。疾走感と清涼感、重量感と余裕が入り混じった、黄金期ならではというべきものだ。例えば、ザ・バーズなどのフォーク・ロックを下敷きに鋭角的かつポップにアップデートしたような楽曲(「タイズ・ザット・バインド」や「トゥー・ハーツ」など)を始めとして、70年代後半以降に現れたパンク・ロック/パワー・ポップなどとの共振度も並でなく、名曲「ビコーズ・オブ・ザ・ナイト」を提供したパティ・スミスをはじめ、ロバート・ゴードン、グレアム・パーカー(更に、一時期のルー・リードやデヴィッド・ボウイなども含めてよいだろう)らとの交流からも得たであろう「バック・トゥ・ベーシック」な質感が漲る。

ちなみに、本作収録のフィル・スペクター風の大ヒット曲「ハングリー・ハート」は、当初ラモーンズのために描き下ろしていたものだ。近年の『ハイ・ホープス』では、オーストラリアのパンク・バンド、ザ・セインツの「ジャスト・ライク・ファイア・ワールド」を取り上げ(渋い!)、更にはあのカルト・デュオ、スーサイドの「ドリーム・ベイビー・ドリーム」をもカバーし当時から彼らのファンだったことを公言するなど、パンクへのシンパシーと興味は極めて深く、広い。こうした点は、70年代当時各シーンの情報が断片的にのみ紹介されてきた日本のファンにはあまり浸透しなかった事柄なのだが、常に労働者階級よりのカウンター・カルチャーを牽引してきたスプリングスティーンにあっては、ある種当然の事実であるともいえる(デビュー時期がもう少し遅ければ、彼もパンク・ロックの一群にカウントされていたのでは、とすら思う)。こうした視座も、この『ザ・リバー』はじめ、今あらためてボスの音楽をより深く味わうための誘導線になるだろうし、なぜ彼の音楽がいわゆるインディー(DIY)系のミュージシャンから長く支持されているのかを理解する鍵にもなるだろう。



なお、この「バー・バンド」路線は、その後のEストリート・バンドとの共演機会の減少と解散により一時絶たれていたのだが、バンドの再結成ライブを記録したライブ盤『ライブ・イン・ニューヨーク・シティ』(2001年)を経て、スタジオ作においても『ザ・ライジング』(2002年)で鮮烈な復活を遂げた。続く『マジック』(2007年)、『ワーキング・オン・ア・ドリーム』(2009年)、『レッキングボール』(2012年)などもそれを継ぐ充実作といえるだろうし、まさに新作『レター・トゥ・ユー』こそは、デモを参考にせずバンドの一発取りを中心にした内容という点からも、この路線を自覚的に追求した作品といえるだろう。

また、こうしたバンド・サウンドの魅力は、当然ながらライブ演奏によってその本領を発揮するものであるといえる。本来は実際のステージに接するのが一番ではあろうが、それが難しいここ日本でも、大作『“ザ・ライブ”1975-1985』(1986年)から近年の実況録音盤まで、激烈なパフォーマンスを追体験できる各種作品(映像含む)が数多くリリースされているので是非チェックしてほしい(「スプリングスティーン入門にはライブ作品から」は今も昔もよく言われるが、かなり当を得ていると思う)。




ブルース・スプリングスティーンの音楽とは、ことほどさように様々な側面から評価しうるものであり、まだまだ紹介しきれていない魅力も多いのだが、さらなる探索は読者の皆さんの愉しみとしていただくとして、そろそろ筆を置こう。

昨今のインディー・ロック・シーン(特にロックの「終焉」が言われて以降)においては、かつてのロック・キッズ(インディー・キッズ)たちが、いわゆる「編集感覚的」それ自体に没入し、更にそれを倍加的に追求することによって、ある種の袋小路に落ち込んでしまったという見取りが相応の説得力を持っている。そうした「実験」の複雑化(という名のもとに行われる矮小化)を尻目に、ブルース・スプリングスティーンは、かつて自らが約束を交わしたロックンロールをあくまで追い求め、編集感覚を駆使するにせよロックンロールとルーツ・ミュージックに確かな軸足を起き続けることで、ついには様々な文化的小部屋の壁を跨ぐ絶対的存在へと上り詰めた(その地位に相当のストレスを感じるときもあったようだが、今の彼は自然体で楽しんでいるようにも見える)。「アメリカの良心」とは、同時にカウンター・カルチャーの良心でもあり、ロックンロールの魔法は、自身がそうと信じている限り誰にも解けるものではないのだろう。実際にその魔法は今、ブルース・スプリングスティーンの疾走の記録によって、混迷の時代(アメリカはいつでも混迷とともにあるわけで、だからなおさら)において最もアクチュアルな効力を発揮しようとしているようにも思う。その姿に勇気づけられるのは、アメリカで音楽を奏でている者たちとそれを聴く「普通の」者たちに限らず、ここ日本で暮らす「普通の」我々においてもきっと同じだろう。一度でもロックンロールの魔法を信じたことがあるのならば、それはいつでも、再び私達の元にやってくるのだから。

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●ブルース・スプリングスティーンの名曲ベスト40選




ブルース・スプリングスティーン『レター・トゥ・ユー』
Bruce Springsteen / Letter To You
ソニー・ミュージックジャパン インターナショナル
SICP-6359 2400円+税
発売中

収録曲
1. One Minute You’re Here / ワン・ミニット・ユア・ヒア
2. Letter To You / レター・トゥ・ユー
3. Burnin’ Train / バーニン・トレイン
4. Janey Needs A Shooter / ジェイニー・ニーズ・ア・シューター
5. Last Man Standing / ラスト・マン・スタンディング
6. The Power Of Prayer / ザ・パワー・オブ・プレイヤー
7. House Of A Thousand Guitars / ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ
8. Rainmaker / レインメイカー
9. If I Was The Priest / イフ・アイ・ワズ・ザ・プリースト
10. Ghosts / ゴースツ
11. Song For Orphans / ソング・フォー・オーファンズ
12. I’ll See You In My Dreams / アイル・シー・ユー・イン・マイ・ドリームズ

【リンク】
日本公式:http://www.sonymusic.co.jp/artist/BruceSpringsteen/
日本公式Facebook:https://www.facebook.com/BruceSpringsteenJapan
アーティスト公式:https://brucespringsteen.net/


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