ビートルズ最後の傑作『アビイ・ロード』完成までの物語

ザ・ビートルズ(Photo by Hans J. Hoffmann/Ullstein Bild/Getty Images)


B面メドレーの制作背景

7月9日にはジョンが復帰したのだが、彼はまだ治療中のヨーコをスタジオに一緒に連れてきた。安静にしていられるよう彼女用のベッドがしつらえられ、しかもヘッドセットまで渡されていたものだから、しようと思えばスタジオで進行する一切について、彼女がいつでも口を出せるような状況になっていた。それでもジョンがいよいよ万全となり、バンド全体で彼の「カム・トゥゲザー」に着手したのは7月もさらに進んだ21日になってからのことだった。これはシンプルでファンキーな、ジョンによる政治的団結への呼びかけである。



その次にビートルズが挑んだのは、アルバムの最後を飾る予定のメドレーだった。これこそは、彼らが芸術的な関係さえも粉々になりそうな中にあってもなお、きっちりと筋の通った、むしろ詩的ですらある何ものかを創り上げられる、それだけの力があった事実の紛うことなき証となった。彼ら自身はこれを「長いやつ」と呼んでいたのだが、このメドレーは『アビイ・ロード』のB面のほとんどを占め、一部は『ホワイト・アルバム』の頃からずっと積み残されてきたような未完成な歌の断片たちを、壮大で響きも豪勢な組曲へと生まれ変わらせ、最終的には愛を言祝ぐ賛歌となってクライマックスを迎える形となっている。

「あの頃のいかれた全部が今こうして灰になっちまってみると、あの最後のパートが、自分たちが一緒にやった中でも最高の出来だったのかも知れないなと思えてくるよ。僕にとっては、ということだけどね」

リンゴは後にこのように言っている。逆にジョンの方は、そこまで気に入るということはついになかったようである。

「あれらの曲はどれをとったって、ほかのどれかとちゃんと関係があるって訳じゃない。縒り上げる糸だって通っちゃいない。事実はただ僕らがくっつけてみたってことだけだ」。1980年に彼はそう語っている。

メドレーを支配しているのはポールによる楽曲たちだ。それゆえ当然ながら、これらを有効に機能させるため最も大きな役割を果たしているのは彼である。ビートルズはまず7月23日に、メドレーの締めとなる予定の小品に手をつけるところから始めている。当初「エンディング」と呼ばれていたこの箇所は、後には「ジ・エンド」として知られるようになる。続く数日で「サン・キング」「ミーン・ミスター・マスタード」「ポリシーン・パン」、それから「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウィンドー」がレコーディングされた。この段階ではバンドにもまだ、はたしてすべてがきっちりとハマってくれるものかどうかは判然としてはいなかった。最後の最後には、テープのオペレーターの犯した一つのミスが、結局彼らの一番気に入る曲の並びへと結びついた。23秒の「ハー・マジェスティ」を、誤ってメドレーの最後に繋いでしまったのだ。

Translated by Takuya Asakura

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