ポルノではなく芸術、世界の官能映画30選

ポルノではなく芸術、世界の官能映画30選(Rolling Stone)


5.『赤い影』(1973)

Photo : Copyright © Everett Collection/Everett Collection

超常現象を描いた、ニコラス・ローグ監督の血も凍るほど恐ろしいスリラー映画『赤い影』には、映画史上屈指と呼べるセックスシーンが潜んでいる。同作でドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティは、娘の事故死の後にベネチアに移住する夫婦を演じている。死んだ娘の亡霊が見えると言うイギリス人の霊媒師の女のせいで日常がほころび始める前、サザーランドとクリスティは服を脱いで夫婦の営みに興じる。見事なディテール(クリスティの首もとを濡らす唾液や体位を変えるごとにふたりが交わす微笑みなど)はもとより、このシーンを素晴らしいものにしているのは、セックスの合間とその後のローグ監督のインターカットによる切り替えだ。この映画のどこがポルノまがいなのか? とあなたは疑問に思うかもしれない。のちにサザーランドは、このシーンの撮影の際に実際にカメラの前でクリスティと愛を交わしたと主張した。この発言はその後何年にもわたって否定されては、立証されてきた。こうしたことを踏まえると、まるで他人のセックスを覗き見しているような奇妙な興奮をいまも感じる。(Writer: ERIC HYNES)

6.『ソドムの市』(1975)

Photo : Copyright © Everett Collection/Everett Collection

1970年代初頭、イタリアの映画監督で詩人・作家・評論家のピエロ・パオロ・パゾリーニは、“生の3部作”と称された作品——古典的艶笑文学作品をあふれんばかりの露骨なセックス描写とともに映画化した『デカメロン』(1972)、『カンタベリー物語』(1973)、『アラビアンナイト』(1974)——でセンセーショナルな興行成績を残した。だが、陽気ではつらつとした3部作に続いてパゾリーニ監督が世に放ったのは、映画史上もっともショッキングで退廃的な作品のひとつと言える『ソドムの市』だった。短命に終わったムッソリーニ政権下の北イタリアを舞台に、同作では若い少年少女を監禁し、性的暴行を加えて陵辱・拷問した挙句におぞましい方法で殺害する4人の権力者が描かれる。同作はまともに見ることさえままならない作品だが、これはパゾリーニ監督の意図でもある。というのも、パゾリーニ監督は資本主義が人間に対して行っていると感じたことを恐ろしい寓意を込めて観客の目の前にさらけ出したのだ。徹底した恐怖のサディズムとマゾヒスムを観れば、監督の意図が十分に伝わってくる。(Writer: BILGE EBIRI)

7.『愛のコリーダ』(1976)

Photo : Courtesy Everett Collection

ご存知のとおり、ポルノ映画は汚れたレインコートに身を包んだ男たちでいっぱいのいかがわしい映画館で上映されるものだった(少なくともAV時代以前は)。ニューヨーク映画祭(NYFF)でポルノ映画が上映されることはなかった。この由緒正しい映画祭が、当時のメディアを大いに賑わせた、芸妓と雇い主のあいだで起きた“阿部定事件”を題材とした大島渚監督の『愛のコリーダ』を上映するということは、同作はポルノ映画ではないのだ。NYFFの承認と、日本が生んだもっとも偉大な映画監督のひとりである大島渚がこの極めて過激なドキュメンタリー・ドラマを手がけたという事実にもかかわらず、俳優たちがノンストップで性行為に及ぶ姿を映した同作は、税関職員から「わいせつすぎる」とみなされ、のちにNYFFは上映を中止した。その後は「芸術か、わいせつか」をめぐって裁判闘争にまで発展し、最終的に大島監督は無罪判決を受けた。いまでは実在の犯罪事件を描いた名作として正当に評価されている。芸術対ポルノという概念に挑んだ映画があるとしたら、『愛のコリーダ』はまさにその代表例である。(Writer: DAVID FEAR)

8.『カリギュラ』(1979)

Photo : Mary Evans/FELIX CINEMATOGRAFICA/PENTHOUSE FILMS

米アダルト雑誌・ペントハウスのオーナーのボブ・グッチョーネのPenthouse Films Internationalが唯一プロデュースした映画『カリギュラ』では、実在のローマ皇帝カリギュラ(マルコム・マクダグウェル)が暴政を振るい、ローマ帝国を淫蕩へと導く姿が描かれている。それは粋な歴史映画(ゴア・ビダルが脚本を担当)とポルノ映画の“最良の部分”を融合するという挑戦でもある。だが、最終的に勝ったのは、どちらだろう? 主人公のカリギュラは、ヘレン・ミレン、サー・ジョン・ギールグッド、ピーター・オトゥールといった超一流のキャストにペントハウス・ペット(訳注:ペントハウスの表紙を飾るヌードモデル)とおしゃべりをさせたり、排泄物と精液の有意義な使い方を考えさせたりする以外は、近親相姦、レイプ、ネクロフィリア(屍姦症)を繰り返す。大失敗を回避するため、グッチョーネは6分にわたるハードなセックスシーンも加えた(ほとんどがオーラルセックスによる乱行シーン)。その結果、堕落したローマの暴君でさえ立ち止まる、あらゆる冒涜がひとつになったような作品に仕上がった。(Writer: ERIC HYNES)

9.『クルージング』(1980)

Photo : Mary Evans/Ronald Grant/Everett Collection

アル・パチーノ扮する警官がSMクラブで男を引っかける連続殺人犯を追ってニューヨークのゲイ・サブカルチャーに潜入し、予想通りその世界の奥深くへと引きずりこまれる『クルージング』。伝えられるところでは、若干深入りしすぎたウィリアム・フリードキン監督にMPAA(アメリカ映画協会)はなんと映像の40分をカットさせ、当初のX指定からR指定に切り替えたそうだ。それでもフリードキン監督は、男同士のアクションシーンを模した多くのシーンをカットしようとはしなかった。ホモセクシュアリティとニューヨークのゲイ・カルチャーをめぐる不正確な描写ゆえにゲイ・コミュニティからの批判が殺到した。その結果、『クルージング』は公開と同時に大コケに終わってしまった。しかしながら、当時の悪評はある程度挽回され、いまでは1970年代末のニューヨークのダウンタウンのアンダーグラウンド・サブカルチャーを描いたタイムカプセル的な作品とみなされている。(Writer: BILGE EBIRI)

Translated by Shoko Natori

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